天下の悪法“遺留分”を回避せよ! “How to Avoid Bad Law!”

第13回:「天下の悪法」の回避方法を考える~その5

所有権、それは誰もが侵し得ない絶対的な権利である。

それが現行民法の立場であり、一見すると日本国憲法第29条第1項「財産権は、これを侵してはならない」という文言と一致しているようにも見えますので、おそらくこれを疑う人は皆無なのではないかと思います。

しかし憲法第29条は第2項に「財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める」とあり、何でもかんでも所有者の地位が優先されるということではないとしていることを、意外と忘れている向きが多いように思います。

さて、その「公共の福祉に適合するやうに」定められている民法の所有権制度ですが、現代社会においては、それが「絶対的過ぎる」ための不便が出てきています。

例えば、新民法制定後70年で数回の相続が繰り返されて数十名とかの親族での共有になってしまっている不動産が山ほど存在しており、それは時間経過とともにネズミ算的に増え続けています。

そして現行の所有権制度では、大勢いる共有者の中のたった一人でも同意しない、あるいは連絡が取れないというだけで、不動産の全部が処分不能となってしまい、これが今話題の空き家問題の大きな原因の一つにもなっているのです。

最近では空き家に対する特別な法律が作られたり、あるいは所有者不明の不動産を公共団体などが使用できるようになったりはしていますが、所有権の原理が絶対的である限り、当座は凌げたとしても、根本的な解決にはなり得ません。

そして近年、もっと大きな問題になりつつあるのが、外国人による不動産の所有です。

もちろん、外国人であろうと誰であろうと、居住するとかの健全な目的で不動産を所有するのであれば大歓迎なのですが、今は必ずしもそうではなく、単なる投機の対象としてリゾートマンションとかの不動産を所有しておき、あとは管理費も払わず帰国してしまって、以後は連絡が取れないといったケースが多発しているようなのですが、それへの対策は全く何一つありません。

中国などの国家では、そもそも外国人の不動産所有自体を禁止していますが、我が国では完全に野放しですから、これはさすがにないとは思うものの、理論的には日本の国土を外国が「買い取る」という行為を行えば、戦争をするまでもなく我が国は外国の支配下に落ちてしまうのです。

とにかく所有権は絶対的な権利であり過ぎるために、その弊害が徐々に表面化しつつあるということです。

これが本当に「公共の福祉に適合するやうに」作られた法律と言えるのでしょうか?

そこで信託の登場です。

実は諸説あって絶対的にこれということは言い切れないのですが、最も的確に信託を言い表すとすれば、「民法上の所有権を権利と名義とに分離して、受益権という権利を受益者(=元の所有者)に、そして受託者に名義を持たせて管理してもらう」ということになります。

これは「性状変換説」と言い、実はあの連載小説にも登場した四宮和夫教授の話からヒントを得て、私が勝手に名付けた考え方なのですが、その性状変換説に依ると、信託をした瞬間に「所有権」は何処かに隠れてしまうことになるのです。

もちろん所有権は消滅しませんから、信託が終了すれば再び蘇って、信託で定められた帰属権利者が所有者となります。

実は不動産の登記簿もそのような構成になっていて、信託をすると「所有者」という名前は無くなって「受託者」という表現に変わり、信託が終わると再び「所有者」が戻ってくるので、信託期間中は「所有権」は登記簿の裏側に回って隠れ住んでいるような感じなのですね。

そして、受益権は所有権とは違って信託契約や自己信託宣言(自らを委託者兼受託者とする信託を始めるという宣言)に書いておくことによって、一定の制限をかけておくことが可能となります。

例えば極端な決め事として「本信託の受益権は売買できない(あるいは〇〇の承諾がなければ売買できない)」としておけば、その受益権は少なくとも勝手に外国の人に売ったりすることはできなくなります。

また、例えば浪費家の人に相続などで多額の財産を持たせることになった場合、「本信託の受益者は、毎月〇〇万円以内しか受託者からの金銭給付は受けられない」としておけば、やはり勝手なことはできなくなります。

これらを「信託の制限機能」と呼んでおり、他にも、共有になってしまった不動産を一人の人や法人を受託者とする信託財産とすることで、名義が一つになり、管理権限が一本化されるなどの「集約機能」、逆に一つの不動産を信託して受益権を複数の他者に売却することによって資金調達などが可能となる「流動化機能」など、実に様々な活用方法があるのですが、詳しくは私の過去の著書をご覧ください。

ただ、これら信託の便利な機能を使おうと思っても、既に所有者がバラバラになってしまっているとか、もう連絡が取れないとかの状況に至ってしまってからでは、我が国の法律では緊急事態宣言の際の話題になったような「私権の制限」はできないので、強制的に信託させることは不可能ですから、残念ながら手遅れという結果になります。

その意味からも、今からでも遅くはないので、少しでも信託を使って「所有権」にまつわる面倒な問題を解決しようという風潮を作り上げなくてはならないと思っていますが、それよりも何よりも、法律専門家の「所有権は絶対なんだ」、そして「民法が全てなんだ」という思い込みを何とかしなければならないのでしょうね。

次回は民法と信託法の優劣関係や民法の改正提言についてお話したいと思います。

※もちろん、ここでイデオロギーを語るつもりは毛頭ありませんが、外国人が日本の不動産の所有権を無制限に買えるというのは、やはり問題があると思います。

下記のサイトに国会での問答が掲載されていますが、どうやら「外国人土地法」という大正時代に制定された法律がまだ生きており、「一定の場合に政令に定める事によって、外国人や外国法人による土地に関する権利の取得を制限する事が出来る」らしいのですが、対馬に所縁のある議員さんからの質問に対して、「実際に政令を定めるのは日本国憲法上の問題があって無理」と内閣は答弁しているようです。

しかし、このまま放置しておいて良いのでしょうか?

https://ameblo.jp/gc57/entry-12401116606.html