鴛鴦(OSHI-DORI)外伝その1

第8話:カップルの事情

帯広兼蔵、帯広義雄に同行して、兼蔵が収益マンション建設のための融資を受けている銀行と、取引している証券会社の支店に行った緑野真凛と青芝優也であったが、いずれの担当者も親愛信託という言葉自体を初めて耳にした様子で、すぐには話にならず、“上司や顧問弁護士などに相談して後日回答します”で終わってしまい、不完全燃焼で帰ってきた二人だった。

そして、兼蔵親子と別れた後、優也は携帯の留守番電話に、見知らぬ番号から不在メッセージが入っていることに気付いた。

そのメッセージを確認した優也は、いつもの通りカフェでコーヒーの砂糖を混ぜ返している真凛に、驚いた口調で伝える。

「帯広勝次さんからだ。」

「えっ、義雄さんの弟の勝次さん?」

「そう。僕たちに会って話がしたいんだって。」

「いったい何なんでしょうね?不穏な話でなかったらいいんだけど。」

「そうだね。でも何だか落ち着いた口調だったし、少なくともクレームとかではないと思うけど。」

ということで、その翌日、二人は帯広勝次と会うことになった。

約束通りの時間に優也の自宅事務所に現れた勝次は、父の兼蔵や兄の義雄から聞かされていた少し暗いイメージとは違って、ごく普通の快活な男性と言った感じの人物であった。

そして、勝次の横には、少し派手な感じの若い女性が居る。

「はじめまして。帯広勝次です。青芝先生と緑野先生のことは、伯父の倉蔵から聞いておりまして、特に青芝先生とは競馬繋がりで信用できるとのことでしたので、勝手ながら伯父から携帯電話の番号を聞いて連絡させていただきました。」

「それは光栄です。」

こう答える優也であったが、勝次の隣に居る女性が気になって仕方がないようだ。

間もなく、勝次は答える。

「こちらは門別麻理紗と申しまして、私のパートナーです。でも父や兄には知らせていません。」

紹介された麻里紗は、優也と真凛に向かって軽く頭を下げた。

勝次は話を続ける。

「今日お伺いしましたのは、父と伯父の相続の件です。先日に伯父の家で父と兄を交えて話をしたのですが、私なりの希望を考えましたので、父や兄に言う前に、先生方のご意見をお伺いしたいと思いまして。」

兼蔵の次男の勝次が、父や兄に言う前に専門家の意見を聴きたい、しかも父と兄には知らせていないパートナーと呼ぶ女性を同行しているということで、優也と真凛は思わず身構えている。

しかし、勝次の話は極めて穏当なものであった。

「私は、若い頃から家を飛び出して勝手なことばかりやってきて、父や亡くなった母にとっては親不孝者だったと反省しています。でも今は兄夫婦がしっかりと父を見守ってくれていますから安心していますし、本当に今の兄には感謝しかありません。それで、父の相続に関しては全て兄に任せて、私は放棄させていただきたいと思っています。その代わりと言っては変ですが、これからは倉蔵伯父さんのお世話をしたいと思っておりますので、伯父の自宅については私に継がせていただきたいのです。それから、母の実家の相続に関しては私に一任されましたが、母の実家のことには口出しすべきではないと思いますので、あちらの伯父さんと伯母さんの方針に任せて、手続きに協力してあげようと考えています。」

優也が答える。

「そうなんですか。それは素晴らしいことだと思います。」

「ありがとうございます。それで今日ご相談したい一つ目のテーマは、今申し上げたような方針で、父や兄は納得するのか、それから税理士の先生も納得されるのか、先生方のお考えをお聴かせ願いたいのです。」

これには真凛が答える。

「はい。倉蔵さんの財産は相続税の非課税範囲内のようですし、全く問題ないと思います。それに、お父様は勝次さんがなかなかご結婚されないことを気にしておられましたから、お喜びになると思いますよ。」

その言葉を耳にして、勝次の表情が少し曇ったことに真凛は気が付き、余計なことを言ってしまったかと思ったが、勝次は言葉を続けた。

「今日お伺いした二つ目のテーマが、この麻里紗のことなんです。」

真凛は、勝次が何を言い始めるのか想像が付かず戸惑っている。

「実は、麻里紗が私のパートナーであるということを、兄夫婦には伏せておきたい事情があるのです。」

「じぇ?」

驚いた時の真凛の口癖が出てきたようである。

少し言葉の間合いを空けてから、勝次は言う。

「先生方にだから本当のことを申し上げるのですが、実は麻里紗は兄の不倫相手だったのです。」

「じぇじぇ!」

真凛は本気で驚いて、目が回りそうになってしまった。

勝次の話によると、5年ほど前に、勝次の兄の義雄は、妻の幸子と小学生の子の優馬が居るにも関わらず、勤務先の会社で一緒に働いていた麻里紗と不倫関係になり、それが妻に知れて大騒動になったらしい。

結局、義雄が麻里紗に慰謝料を支払って解決したのだが、その時に義雄の代わりに麻里紗との交渉をしていたのが勝次で、いつの間にか二人が付き合うようになってしまったというのである。

「そして麻里紗には5歳になる娘がおります。」

「じぇじぇじぇ!!」

まだ人生経験の浅い真凛には想像も付かない話である。

つまり、勝次は兄の不倫相手だった女性と付き合っており、その女性には兄との間の子が居るということなのだ。

もし義雄がその子を認知していれば、帯広家が将来になってから相続で混乱すると考えた真凛は、何とか気を取り直して勝次に確認してみたが、麻里紗は義雄に認知は求めなかったという。

そして勝次は、麻里紗との関係は父や兄には秘密にしたまま一緒に暮らして行きたいと思っているのだが、入籍した場合は父の相続の時に戸籍から麻里紗の存在が判明してしまうことを心配しており、そのことについて相談した伯父の倉蔵から、親愛信託という手段を使えば、入籍しなくても財産を承継させられると聞いて、真凛たちに相談してきたという次第なのであった。

まだ気が動転していそうな真凛に気遣ってか、優也が答えてくれた。

「はい、もちろん親愛信託なら戸籍に関係なく自由な財産承継が可能になりますから、ご安心ください。」

安心した表情で帰って行った勝次と麻里紗を見送った真凛は優也に言う。

「本当に男と女って、いろいろあるんだね。今日は勉強になったわ。」

「そうだね。僕たちはそんなことにはならないカップルに・・・」

と優也が言いかけたところで、優也の携帯が着信音を鳴らした。

閻魔さんこと下妻一馬税理士からであった。

(つづく)

 

登場人物紹介

帯広勝次(おびひろ・かつじ 40歳)

帯広兼蔵の次男。

現在も独身で、帯広家からは離れて一人暮らししている。

兄の義雄とは疎遠なようであるが、父の兼蔵や伯父の倉蔵に対しては素直であるようで、特に財産に関して興味があるようでもない。

パートナーの麻里紗のことで悩んでいる。

 

門別麻里紗(もんべつ・まりさ 30歳)

かつて帯広義雄の不倫相手であったが、今は帯広勝次のパートナーとなっている。

義雄と交際していた頃に生まれた5歳の娘・亜希菜が居るが、認知は受けていない。

勝次は、兄には知らせないまま、麻里紗と一緒に生きて行きたいと考えているらしい。

※久しぶりにマリンが大好きだった“あまちゃん”登場。まさに“じぇじぇじぇ”だね!!