鴛鴦(OSHI-DORI)外伝その1

第9話:コンティニュー

青芝優也が、閻魔さんこと下妻数磨税理士から聞いた話を、緑野真凛に説明している。

「閻魔さん、上州信用金庫の理事長に直接話してくれたんだって。」

「さすが元国税キャリア、力があるんだね。」

「それで、帯広兼蔵さんの一件、もし今の銀行が親愛信託を認めないようなら、借り換えができるように取り計らいたいので、一度本部に来て説明して欲しいって。」

「何だか大変な役割をすることになりそうだね。」

「特に、信託口口座の仕組みが分からないって。」

「そうね。信託財産になった金銭を管理するためには信託口口座があれば便利なんだけど、金融機関側が信託を理解した上で作ってくれないと、意味を為さないことがあるのよ。」

「どういうこと?」

「その口座の中にある金銭は信託財産だから、委託者のものでも受託者のものでもなくって、普通の口座みたいに名義人が死亡しても相続の対象にはならないし、差押えされることもないんだけど、そこを理解しない金融機関が、信託口口座という名前だけ付けていても、委託者や受託者が死亡したら口座を凍結しちゃったり、差押えを受け入れちゃったりしてトラブルになっている事例があるみたいね。」

「確かに、死亡で凍結したり、差押えの対象になるのでは、信託の意味がないよな。」

優也も最近では親愛信託の仕組みを理解できるようになっているので、以前に比べて真凛の話に感心することは少なくなっているが、それでもここでは先輩としての尊敬の念を強く感じている。

優也は次の話に移った。

「それから証券会社だけど、東京に本社のある証券会社で、不十分ながらも信託口座を作ってくれる所があるみたい。」

「不十分ながらって?」

「受託者は売り注文と金銭の出金はできるけど、受託者単独での買い注文はできないんだって。」

「そうか、確かに買い注文は投資活動だから、受託者としても責任を持てないでしょうし、親愛信託にはそぐわないかも知れないわね。」

「では、兼蔵さんが自分で判断できる間は信託しないで自由に売買をしておいて、いよいよ兼蔵さんに判断能力がなくなった後から信託をスタートさせたらいいんじゃないのかな?」

「実は時々、“委託者が認知症になったら信託がスタートする”みたいな契約書を作ってしまう専門家が居るようなんだけど、実はそれ、とっても危ないのよ。」

「えっ、そうなの?便利な方法だと思ったんだけど。」

「契約がスタートする条件というのは、誰が見ても客観的に証明できるものでなくては、後から覆されるリスクがあるの。例えば“医師の診断書”なんかは公文書ではないから内容の違うものが何枚か出てくる可能性もゼロではないし。」

「なるほど。」

「親愛信託だったら指図権や同意権を使うとかの方法もあるけど、証券会社だと柔軟な対応は難しそうだし、今後の交渉になるのかな。」

その後、真凛と優也は、下妻税理士と一緒に上州信用金庫の本部や証券会社の地元支店を訪問し、親愛信託に関する説明をして協力要請を行うことになった。

新しい仕組みなので、なかなかすぐには理解されないし、また組織の中での意思決定には時間を要するので、結論が出てくるのは少し先の話になりそうであるが、一歩ずつ前に進んでいるという実感を、三人は感じるのであった。

帯広家の親愛信託は、最終的には次のような内容となっている。

帯広兼蔵の自宅と収益マンション、そして兼蔵の孫の優馬の将来の教育資金に充てる部分を含めた金銭は長男の義雄を受託者として信託、証券会社に預託してある上場株式については段階的に売却して換金、信託金銭に移して行った上で、今後の交渉にはなるが信託証券口座の開設を図ることになった。

収益マンションにかかる銀行からの債務については、とりあえずは遺言で義雄が、信託から漏れた財産と共に全部を承継することとし、これも今後の交渉になるが、最悪の場合には上州信用金庫が債務を肩代わりする融資を実行して、信託口口座も間違いのないものを作ってくれるとの約束を得ている。

次に帯広倉蔵の親愛信託は、甥の勝次を受託者として自宅不動産と金銭を信託し、任意後見人にも就任することになった勝次が今後は倉蔵の世話をし、倉蔵の生活費や医療費なども信託財産から支出できることになった。

勝次のパートナーである麻里紗とその子の存在は、当面は帯広家には公表せず、真凛と優也そして伯父の倉蔵だけが知る秘密のままにしておくことになる。

また、兼蔵の亡妻・静香の実家の相続問題については、勝次が伯父と伯母の自宅を訪問して説得した結果、無事に遺産分割協議が整って、不動産は伯父、金銭などは伯母が相続することになり、伯父と伯母の配慮で、勝次も一定額の金銭を取得することになった。

帯広家の墓や仏壇などについても、倉蔵が元気な間はそのままにして、いよいよ倉蔵が管理できなくなった段階で義雄一家が引き受けることで話が纏まっている。

いずれは倉蔵も兼蔵も認知症になり、やがては死亡するのであろうが、親愛信託や遺言、任意後見契約などのおかげで、誰もが安心できる仕組みを構築することができた。

真凛たちのアフターフォローであるが、受託者となった義雄と勝次、特に収益マンションを管理することになる義雄には、受託者としての日常業務についての指導を行っており、信託財産に関連する税務については下妻税理士が担当して、帯広家全体と定期的な連絡を取りながら、次の展開がいつ訪れても対応できるような仕組みを作っている。

数日後、真凛と優也、そして下妻税理士は、いつものカフェで談笑していた。

「お二人のご活躍には、本当に感服いたしました。」

下妻は本心からそう思っているようだ。

「いえいえ、上州信用金庫とか周囲の協力が得られたのは、下妻さんのお力があってこそです。」

優也の言葉を受けて、下妻が話し始めた。

「実は、上州信用金庫から別の依頼がありまして。」

「えっ、信用金庫から?」

「はい、もちろん信用金庫自体が依頼者ではありませんが、取引先の会社のことで困っているので相談を受けてあげて欲しいと。」

「会社ですか。」

優也の言葉を聞き、真凛はコーヒーに追加の砂糖を3杯くらい入れてスプーンで掻き混ぜながら考えている。

今の自分たちには、最初の仕事であった株式会社おしどり運送へのフォローも残っているし、次の大仕事になりそうな株式会社鴛鴦閣月影旅館の仕事はスタートしたばかりなのだ。

果たして、今の段階で別の仕事にまで対応することができるだろうか?

しかし優也は強気である。

「承知しました。喜んでお引き受けします!」

下妻は満面の笑顔で真凛に言った。」

「もちろん、緑野さんもOKですよね。」

真凛は二人の笑顔に、やはり笑顔で答えるしかなかった。

(外伝その1おわり・その2に続く)

※鴛鴦外伝、ちょっと休むけど、まだまだ続くわよ!楽しみにしててね!!

単行本もよろしく!!!