鴛鴦(OSHI-DORI)外伝その1

第4話:依頼拡張

青芝優也は、帯広兼蔵に対して的確にヒアリングをしながら、事前情報では見えていなかった部分を浮き出させている緑野真凛を見ながら思っていた。

“マリンさんが言っていた通り、一見して簡単と思われる案件の中にこそ、実は難しい問題が隠れていることが多いんだ。”と。

そして真凛のチェックシートを使ったヒアリングが「おひとりさま」の部分に行った時のことである。

「これは帯広家に直接の関係はないとは思うのですが、親愛信託の一つの効果として、おひとりさま対策というのもあるのです。」

この真凛の言葉に、兼蔵が反応する。

「実は、私には倉蔵という6歳ほど上の兄がおりましてな。まさに倉蔵はこの“おひとりさま”なんですよ。」

いつの間にか、兼蔵の真凛に対する言葉遣いが、最初の頃の孫に対するような感じから、専門家に対する敬語に変わっているのを優也は感じていた。

真凛は冷静に答えている。

「そうなんですか。では倉蔵さんは家系図のこの部分に追加ですね。倉蔵さんにお子さんとかは居られますか?」

事前に用意してきた帯広家の家系図のコピーに、真凛は手書きで兼蔵の兄の倉蔵の名を書き込んでいる。

「兄は生涯独身を通したので、子は居ないです。」

「では、兼蔵さんが唯一の法定相続人ということになりますね。」

「えっ、そうなんですか!」

どうやら兼蔵は、下妻税理士への相談の段階では、兄の存在を忘れていたらしい。

「お兄様の財産状況とかは分からないでしょうか?」

「うーん、詳しいことは分かりませんが、親から引き継いだ自宅は兄の名義になっていると思いますし、現金も半分ずつで分けたので、そこそこは残っているのかも知れませんね。」

「そうですか。ではいずれはお兄様の財産も兼蔵さんが相続されるという可能性があることも踏まえて相続対策を立てないといけないということになりますね。」

「確かに。それに帯広家のお墓や仏壇とかも兄に任せてきましたから、そちらの心配もありますし、機会を見て兄を紹介しますので、会ってやっていただけますでしょうか?」

「もちろんです。帯広家のお墓とかの問題はとっても重要ですし、おひとりさまのための対策も必要だと思いますから、是非ともお願いします。」

そして、兼蔵はさらに思い出したように言葉を続ける。

「そう言えば、家内の実家のお父さんが3年ほど前に亡くなっていまして、三人兄弟が実家の不動産の相続で揉めていたと聞いていましたな。1年前に家内も亡くなってしまって、最終的にどうなったのかは分かりませんが。」

「もしかしたらまだ相続の手続きが終わっていない可能性があります。もしそうなら奥様にも相続権があったということですから、奥様の相続権がまた相続されて兼蔵さんと義雄さん、それから勝次さんに渡っていることが考えられますね。」

「そうなんですか。全く気にも留めていませんでしたが、家内の実家はそこそこ裕福ですし、実家の不動産もそれなりに大きいみたいですから。しかし、家内が亡くなってしまったので、もう調べようがありませんよね。」

「いえ、ご実家の不動産の登記事項証明書は誰でも取ることができますから、少なくとも不動産の大きさとか、相続の登記が済んでいるかどうかは調査可能ですよ。」

「なるほど。では兄の件と併せて、そちらの調査もお願いすることにしましょうか。」

「登記事項証明書なら、インターネットで今すぐ取ることもできますが、奥様のご実家とお兄様の住所とかは分かりますでしょうか?」

「えっ、今すぐ取れるのですか!」

兼蔵は、真凛の言葉に驚いたようである。

真凛は、ノートパソコンをインターネットに接続して、周辺の地図を見せながら、兼蔵に場所を特定させて、即座に登記事項証明書を取得したのであった。

そして真凛は、さらに国税庁のホームページから、路線価と呼ばれる土地の価格の概算図を調査した上で言う。

「奥様のご実家の名義は亡きお父様のままですから、おそらく相続の手続きは終わっていないのではないでしょうか。お兄様のご自宅はかなり広そうですし、路線価から見る限り、いずれもそこそこの財産価値があるのではないかと思われますね。」

事前には聞いていなかった情報が続々と判明してくるのが、優也にとっては驚きであったが、実務経験の少ない真凛にとっても、本当は驚きの連続だったのである。

兼蔵は落ち着いた口調で言った。

「今日は一気にいろいろなことが判明して、本当に感服しました。お二人に帯広家のこと、いろいろとお願いしたいと思いますので、義雄が帰ってきましたら相談しまして、改めて正式にご依頼したいと思います。」

そして兼蔵は、二人に太田市の銘菓である“スバル最中”を手土産に渡してくれて、真凛と優也は帯広家を後にした。

その後、いつものパターンで糖分切れした真凛の我が儘で、道路沿いのカフェに入った二人が話している。

「マリンさん、本当に今日は凄かったよ。ビックリした。」

「いえ、私もドキドキだったのよ。実は先月、“わ・か・ばグループ”の勉強会があって、そこでチェックシートの使い方とかヒアリングの仕方とか、それからすぐにインターネットで調査する方法とかを教えていただいたばっかりだったので、まさかこんなにピッタリ当て嵌まるなんて、思ってもみなかったの。」

「そうなんだ。でも、いかにも普段からやっているみたいに見えてたよ。」

「そう、お客様から信用を得るための、いい意味での演技も必要らしいのよね。」

「そうか、僕ももっと演技を勉強しないと。」

「でも優也さん、優也さんの話し方は、相手に話題を合わせながらリラックスさせて雰囲気を和らげる効果があるみたいね。」

「うん、僕も話し方とか聴き方の勉強は随分やって来たつもりなんだけど、それでも人それぞれに個性があるから難しいよね。」

「そうね。特に高齢の人は、一つ間違えちゃうと心を閉じてしまう傾向があるから、慎重に言葉を選んで話さないと、大事な情報を聴き漏らしたりするリスクがあるわね。」

「早速、閻魔さんに報告しよう。」

ノートパソコンを取り出して、下妻税理士に送る報告書を書いている優也の姿を、真凛はコーヒーに入れたスプーン6杯の砂糖を掻き混ぜながら見つめているのであった。

(つづく)

※これがスバル最中、可愛いでしょ!SUBARU群馬工場の前にある伊勢屋さんで買えるよ!!