鴛鴦(OSHI-DORI)外伝その1

第3話:帯広一家

緑野真凛と青芝優也は、帯広義雄から一通りの情報を得た後、義雄の父の帯広兼蔵と会えるよう取り計らってもらうことになる。

優也は“閻魔さん”こと下妻数磨税理士に敬意を払って、一緒に面談して欲しいと誘ったが、下妻は“若いお二人に任せる”と言うので、真凛と優也は二人で太田市にある帯広一家4人が住む二世帯住宅に向かい、義雄の案内で兼蔵と会うことになった。

兼蔵は、義雄とは全く違うタイプで、全身が大きくて迫力のある姿であるが、義雄は優也と気が合うと思っているのか、父に対して二人をとっても好意的に紹介してくれているようだ。

「お二人が、あの下妻先生が推薦するという若い専門家か。」

兼蔵の言葉に反応して、優也が答える。

「はい、私たちはまだ未熟者ですが、下妻先生をはじめ多くの先達の教えを受けておりますので、必ずお役に立てると思っております。」

兼蔵が続ける。

「そちらのお嬢さんは、私から見たら孫みたいだが、司法書士さんなんだな。」

兼蔵の孫の優馬は16歳らしいので、またまた真凛は老人から子ども扱いされたようだ。

真凛も素直に答える。

「はい、私も未熟者ですが、精一杯頑張りたいと思っております。」

そして真凛は、先日義雄にしたのと同じように、親愛信託活用チェックシート2枚を取り出して、今度は兼蔵に読み聞かせる形で説明を始めた。

事前の優也とのミーティングで、真凛はコーヒーの砂糖を掻き混ぜながら言っている。

「親子でも意外と認識が違っていることがあったり、チェックシートの項目を見て思い出したりすることがあるらしいから、兼蔵さんにもチェックシートを見ていただく必要があるのよ。」

そして、チェックシートを見た優也は、先日に義雄に見せた内容と少し違っていることに気付いて言った。

「何だか前のとは微妙に内容が違うみたいに見えるんだけど?」

「そうなの。チェックシートは相手の年齢とか状況に応じて、少しずつ変えておく場合があるのよ。」

「なるほど。確かに親の認知症対策でも、子から見た場合と親自身から見た場合とでは捉え方が違うかも知れないよね。」

「だから、兼蔵さんに見せるチェックシートは、ご高齢の人が気分を害さないような表現にしてあるし、それから財産を所有している側と将来に承継を受ける側とでは認識が違ったり、興味の対象がズレていたりするケースもあるからね。」

「そうなんだ。マリンさん、ますます凄くなってるね。」

「いえ、白状しちゃうと、これも“わ・か・ばグループ”の先輩に教えていただいたことを真似しているだけなんだけど。」

「正直なところが可愛いな。」

「あっ、久しぶりに可愛いって言った!」

「前言撤回。カワイクナイデス。」

真凛は膨れっ面になるのであった。

優也がそんなことを思い出している間に、兼蔵に対する真凛のヒアリングが進んでいる。

そして、ある項目を読み上げた真凛に対して、兼蔵が反応を示した。

「金銭贈与か。親愛信託とやらで、そんなこともできるのかね?」

「はい、金銭贈与信託と言って、将来誰かに贈与するための資金を事前に信託財産にしておくことができますよ。」

ここで、これまでは何となく乗り気でない感じだった兼蔵の顔色が変わってきたことを、真凛も優也も感じていた。

「ちょっと待ってくれ。」

そう言って、兼蔵はいったん席を外し、何やらパンフレットらしき書類を持って戻ってきた。

「実は、高校生の孫の優馬が大学に進学した時には入学金とか学費を出してやろうと思っていて、信託銀行からこんなパンフレットを取り寄せたばかりだったんじゃ。」

兼蔵が持ってきたのは、ある信託銀行の商品である“教育資金贈与信託”のパンフレットであった。

これは、あらかじめ信託銀行に資金を信託しておくことによって、孫などの教育資金が必要となった際に信託財産から支払いができるという制度で、贈与税が一定金額まで非課税になるというものである。

「もちろん、この商品をお使いになるのも良いと思いますが、似たような仕組みを親愛信託で作ることは可能です。」

真凛の言葉を受けて優也も言う。

「教育資金は、その都度の支出については非課税ですから、贈与税の心配は要らないと思います。」

兼蔵が答える。

「そうか。実は義雄が私の認知症対策と何度も言うので、あまり気分が宜しくなかったのだが、親愛信託というものは認知症対策だけではなく、いろいろなことができると初めて分かったので、もっと話を聴きたくなったよ。」

「ありがとうございます。それでは資産承継編のお話をさせていただきます。」

真凛が引き続きチェックシートの資産承継編の話をすると、兼蔵は何度も頷きながら耳を傾けている。

そして、義雄が今から仕事に行くと言って席を外した後、兼蔵はゆっくりと話し始めた。

「私の相続の問題じゃが、相続税のことは下妻先生にお任せするとして、遺産の分け方については、何とも決めかねている部分があるんじゃ。どうやら親愛信託とやらで、その対策もできるようなので、そちらについても相談させてもらって構わないかな?」

「もちろんです。私たちはそのために参ったようなものですから。」

真凛の言葉に、優也はますます真凛の成長を感じ取っていた。

兼蔵は、同居している義雄や孫の優馬に主要な財産を承継させたいという気持ちが強いものの、現在は疎遠になっている次男の勝次のことを心配しており、勝次にもそれなりの財産を分けてやりたいと思っている。

しかし、勝次は今は独身だから、その次の財産の行方が不明確だし、もし変な配偶者と結婚して子ができないままであれば、財産が配偶者側に流れてしまうことが心配であったという。

ところが親愛信託なら、受益者連続という方法でもって、いったんは勝次に渡った財産を孫の優馬に戻すことが可能になると聞いて、感じるところがあったらしいのだ。

(つづく)

 

登場人物紹介

帯広兼蔵(おびひろ・かねぞう 74歳)

依頼者である帯広義雄の父で、祖父の代からの資産家。

長男である義雄一家とは二世帯住宅で同居しており、孫の優馬の成長が最も楽しみなことのようであるが、次男の勝次への思いも強いようだ。

今は上場株式への投資や収益マンションの管理などを自ら手掛けているが、1年前に妻の静香を亡くして以来、徐々に認知症の症状が出てきていることを自覚しているようである。

※カネゾウってお馬さん、実際に北海道の帯広競馬に居るのよ!