鴛鴦(OSHI-DORI)外伝その1

第1話:スピンオフ

開業したての司法書士・緑野真凛と中小企業診断士・青芝優也のコンビの初仕事である株式会社おしどり運送の案件が終盤に入り、二つ目の仕事となる株式会社鴛鴦閣月影旅館の案件がスタートした頃の話である。

ある木曜日の朝8時過ぎ頃、真凛はZOOMの画面を見ながら、少しウトウトしていた。

毎週木曜日の朝7時半からは、真凛が所属する全国組織である“わ・か・ばグループ”の定例勉強会があり、終了後には全国のメンバーから寄せられる案件に関する会議があるのだが、少し貧血で低血圧気味の真凛は朝に弱く、勉強会だけはリーダーの双葉梓への手前もあって、何とか頑張って聴いていたものの、その後の案件会議で眠気に負け始めてきたらしい。

そんな真凛は、この会議では聞き慣れない優也の声を耳にして、反射的に目を覚ました。

「その案件、お受けしたいと思います!」

優也のとっても明るくて元気な声が、画面の中で響いている。

そう言えば、優也は先日、真凛に頼み込んで“わ・か・ばグループ”に加入させてもらうことになり、今朝は勉強会への初参加だったのだ。

優也は昨夜、“マリンさんは早起きが苦手なんだろ?それなら僕が起こしてあげるから、一緒に朝を迎えて勉強会に参加しよう。”と、いつもの通りの軽い言葉で誘ってきたのに対し、もちろん真凛は丁重にお断りして、何とか一人で起きて参加していたのだが、優也の初参加のことをすっかり忘れていた。

「私には緑野真凛という優秀なパートナーがおりますから、大丈夫です!」

真凛は勝手に自分の名前を出されて戸惑っているが、ウトウトしていたので、何の話なのか分からない。

優也の返事を聞いてか、初老の男性がZOOM画面上から言っている。

「これはこれは、ちょうど地元で受けていただける専門家を探していましたので、とても助かりました。」

男性の画面の下には「税理士・下妻数磨/栃木県」と書いてある。

どうやら、栃木県の税理士が持ち込んできた群馬県の案件を、優也が真凛に相談もなく勝手に引き受けようとしているみたいなのだ。

下妻は言う。

「それでは、詳細をご説明したいと思いますので、私が青芝先生の事務所に参りましょう。そこで見ておられるようですが、緑野真凛司法書士も、よろしいですかな?」

真凛は急のことで何とも判断が付かないのだが、ここで優也を困らせてもいけないと思い、一気に眠気が覚めた顔で答えるしかなかった。

「もちろん、喜んでお受けいたします。」

ZOOM会議終了後、優也は真凛に連絡してきた。

「とってもいい仕事を紹介してもらえそうだよ。さすが“わ・か・ばグループ”だね。」

納得できない真凛は、優也に言い返す。

「どうして私に断りなしに受けちゃったのよ?」

「いや、マリンさんも画面を見ていたでしょ?特に何も言わないから、受けても構わないと思っただけなんだけど。」

真凛は、自分が迂闊にもウトウトしていたことを優也には言えず、結局その仕事を受けるしかなくなってしまった。

「で、どんな内容の仕事なの?」

「えっ、さっき会議で話してたでしょ?」

真凛は少し慌てて取り繕う。

「いえ、でも、まさか優也さんが手を挙げるなんて思ってもいなかったから、ちゃんと聞いてなかったの。」

「そうか、では説明しよう。」

依頼者は栃木県との県境付近にある群馬県太田市に住む家族で、長男が父親の相続対策で税理士の下妻に相談をしたところ、下妻も最近“わ・か・ばグループ”入りして親愛信託に興味があったので、一緒に取り組んでくれるメンバーを募集していたというのだ。

「下妻税理士って、何だか怖そうな顔のおじさんみたいだけど、どんな人なの?」

真凛の問いに優也は曖昧に答える。

「僕も初めて顔を見たので分からないけど、経歴書によると国税庁で随分偉かった人みたいだね。」

「やっぱり怖い人なんだ。」

「でも、去年に定年退職して税理士になっておられるから、税理士としては僕たちと同じ新人の部類ってことみたいだね。」

「そうなのね。確かに話し方も丁寧だったし、意外と優しい人なのかもね。」

「で、仕事も税金のことは下妻先生がやってくださるから、僕たちは単純な認知症対策とかの親愛信託をするだけで済みそうだし、他の仕事の合間でこなせるくらいの楽な仕事だと思うんだよね。」

「そうかしら。仕事は蓋を開けてみないと分からないから、慎重に見極めないといけないよ。」

「まぁそうだね。おしどり運送の件で本当に勉強させてもらったから、マリンさんには心から感謝してるんだ。」

「そうなの。あんまり感謝の気持ちを感じたことはないんだけどな。」

真凛の嫌味を耳にして、受話器の向こうで優也が膨れっ面になっているようだ。

そして数日後、下妻数磨税理士との約束の日が来た。

真凛がイメージしていた下妻は、元国税庁のキャリアということで、堅苦しい熟年男性という感じだったのだが、実際に会った下妻は、笑顔を絶やさず、とっても腰の低い好人物のようである。

「緑野真凛先生、お噂は伺っております。“わ・か・ばグループ”入りすれば、先生にお会いできるのではないかと秘かに期待していたのですが、こんなに早くその機会が訪れるとは、何とも感無量であります。」

真凛は戸惑いながら答える。

「先生と呼ぶのはやめてください。人生の大先輩に対して、おこがましいです。」

「いえいえ、私も税理士としては開業したての新人ですから、お二人と立場は同じですよ。ではこれからは互いに先生ではなく苗字で呼び合うことにしましょう。」

ということで、緑野さんと青芝さんと下妻さんのコラボによる仕事が始まることになる。

(つづく)

 

登場人物紹介

下妻数磨(しもづま・かずま 61歳)

国税庁に勤務してきたキャリア公務員だが、昨年に定年を迎えたのを機に税理士登録して、栃木県足利市の自宅でノンビリ開業している。

専門家の世界では新人ということで、若い専門家と付き合って情報収集をするのを趣味としており、わ・か・ばグループに加入したのも、全国の若い専門家と出会うチャンスを作るためだと言っているらしい。

※優也さんったら、群れの中で張り切って目立ちたいのは分かるんだけど、本当に大丈夫なのかしら??