Beautiful Dreamers

~夢と愛に想いを賭けた人たちの群像劇~ 連載第24回

第2章:ペディグリー 第12話

蒲池は、桜子の筆跡を真似して偽の遺言書を作ってきたのである。

確かに蒲池の言う通り、おそらく台湾の人には裁判所からの通知は届かないだろうし、本当に桜子が書いたと司郎が最後まで言い切れば、駒子も駿馬も文句は言わないだろう。

しかし、これは犯罪である。

「あとの手続きは司法書士はんに頼みはってもよろしいで。そんでもとにかく、この遺言書は奥さんが書きはったって言い切っておくんなはれや。また手続きが終わった頃に、手数料貰いに来させてもらいますわ。毎度おおきに。はばかりさんどしたな。ほな、さいなら。」

偽の遺言書、しかし封筒の表に書いてある文字は、どう見ても桜子の筆跡にしか見えない。

「怖い世界があるものだな・・・。」

司郎は珍しく神に祈りを捧げた。

この偽の遺言書を使えば、事実上は誰にも迷惑を掛けることなく、全ての手続きをスムーズに進めることができる。

しかし、このような違法なことを神は許し給うのであろうか?

考え抜いた結果、司郎は神田三郎牧師に真実を打ち明けて相談することにした。

これまではあまり頼りにしていなかった神田だが、桜子に結婚前の子が居るという事実を最後まで司郎に言わなかったことを、牧師として評価してもよいと思ったのである。

ステイブル・チャーチ。

ステイブルとは、「馬小屋」と言う意味があり、イエス様がお生まれになった場所であると同時に、「厩舎」という意味も持っており、馬好きの神田は、先代牧師の時代には「小樽神田奉神教会」だったのを、自分の代になってから勝手に名前を変えてしまったのだ。

まさにイエス様と競馬が大好きな神田にとっては最高に相応しい名称なのであろう。

もっともそれ以来、信者の数が激減したのであるが。

「やぁ会長、こんな時間に、どうしたんです?」

神田は相変わらず気楽な感じで言う。

司郎は、今日ばかりは真面目に、「シロちゃんの弟」を落札してしまった件、恵庭牧場での兄との話の件、そして偽遺言書の件を詳しく伝え、神田の意見を聴くことにした。

神田も真面目になり、暫く黙り込んで考えた上で顔を上げる。

そして聖書の一節を読み上げた。

「”Trust me in your times of trouble, and I will rescue you, and you will give me glory.” あなたの困難な時代に私を信頼しなさい、そうすれば私はあなたを救い、そしてあなたは私に栄光を与えるでしょう。詩篇50編15節です。会長、委ねましょう。」

「委ねる?」

「そうです、神は正しい者には必ず正しい結果をお与えになります。とにかく信じて託するのです。Trust me です。桜子さんから罪の告白を受けた時も、同じことを言わせていただきました。」

「分かったよ、神田牧師、ありがとう。」

司郎は神田牧師の言葉に従うことにした。

司郎の目には、教会の出口に掲げられている白と黒の馬の絵に、ホワイティドリームとオグリインパクト、そして「シロちゃんの弟」の面影が重なって見えていた。

(つづく)

登場人物紹介(第23回~第24回)

・蒲池肇(かばち・はじめ 年齢不詳)

自称「総合法務コンサルタントS級資格者」で、文書の偽造を得意としているようだ。

その素性は不明であるが、確かに法律に関する知識や経験は豊富で、それなりの説得力を持つ関西弁での会話ができる能力は高いらしい。