Beautiful Dreamers

~夢と愛に想いを賭けた人たちの群像劇~ 連載第12回

第1章:「スパイラル」第10話

司郎は、競馬記者の鈴岡葉子が言っていた言葉を思い出す。

「会長もお歳なんですから、早く後継者を決めて事業承継の準備をしないと。それが経営者たる者の責任の一つなんですよ。」

「分かっちゃいるんだけどねぇ。駒子はまだまだだし、白石や渋井に経営は無理だし、池添は人として信用できないし、どうすりゃいいんだよ。」

「もちろん、会長や社長の代わりは居ないでしょう。でも会社はずっと生き続けるのですから、この問題からは誰も逃げられないのですよ。」

堂々と正論を述べる鈴岡に、司郎はしみじみと呟く。

「あんたも成長したよな。」

鈴岡との付き合いも、もう10年を超えている。

そう言えば、司郎と鈴岡との最初の出会いは、難病と戦っていた頃のホワイティドリームを東京からわざわざ見舞いに来た競馬ファンの、真ん丸な眼鏡をかけた地味な女子大生、それが今やかなり派手な外見の競馬記者になった。

「私は、ホワイティドリームのためにも、競馬に関わる仕事に就いて、サラブレッドの美しさ、競馬の素晴らしさを一人でも多くの人に伝えることをライフワークにしたいと思います。」

その時、大人しそうで地味だった鈴岡が、しっかりと語った言葉を、司郎はずっと覚えている。

今は亡きホワイティドリームは、いろいろな人の人生に、今も影響を与え続けているのだろう。

司郎は、今のところ特に目立って体の不調は感じていない。

しかし、長年の競馬ファンの習性で、競馬場では酒と煙草を常に離せず、食事も外で適当なものを酒とともに食べて済ます日がほとんどだった。

妻の桜子との折り合いが悪く、帰宅しても気まずい雰囲気になることを恐れていたこともあるが、今から思えば桜子に対してはもちろんのこと、まだ子どもだった頃の駒子や駿馬にも悪いことをしていたなと反省するようになってきている。

司郎を煙草から切り離してくれたのは白石陽花里であった。

気の弱い白石裕也は、普段はスポンサーになってくれている司郎に対して従順であったが、この時ばかりは「難病の妹に喫煙者のあなたを会わせることはできない」とはっきり言い切った。

司郎は、どんなことをしてでも陽花里に会わなければならない理由があったので、その要望を受け入れ、辛い禁煙治療に挑んだのだが、結果として一応は元気な体を保っている今の自分があるのかも知れないと思っている。

そこに、事務所のパートの女性から声が掛かった。

「会長、FAXが来ています。佐倉さんからです。」

「佐倉さん、珍しく行動が早いな。」

佐倉から送られてきたセレクトセールに出てくる1歳馬の幼名一覧の中から、1頭の名前を見付けて、司郎は驚き、FAX用紙を持つ手が震え、言葉を失った。

「ドリームメイカーの2015、父オグリインパクト・・・。」

(つづく)