Beautiful Dreamers

~夢と愛に想いを賭けた人たちの群像劇~ 連載第11回

第1章:スパイラル 第9話

東京競馬場G1ファンファーレ、日本ダービーやジャパンカップの発走前に流されるもので、競馬関係者であれば誰もの憧れであるが、これは司郎の古いガラケーから流れる機械音であった。

二つに折れたガラケーの、少し固くなってしまっている関節を両手でエイヤと開いて、司郎が電話に出る。

「佐倉です。今年のセレクトセールのことで。」

佐倉進は、名古屋に本社のある株式会社シュリンプ・フライ・キャピタルという投資会社のオーナー社長で、W社が上場を目指していた頃に投資を受けた縁から、司郎とは互いに競馬好きということがあり、投資が焦げ付いてしまっている今でもなお、個人的に付き合っている。

セレクトセールとは、毎年7月に行われる、来年デビューする1歳馬の競り市場の一つのことで、まさに14年前、司郎がホワイティドリームと初めて出会った場所なのだ。

司郎は困った声で佐倉に答える。

「佐倉さん、今は我が社も楽な状態じゃなくて、セールに行っても入札は無理ですよ。」

「会長、今回は見るだけでも見てやって欲しいヤツが1頭出るんですよ。あとでリストを送りますから、ご自分で確かめてみてください。」

佐倉は悪戯っぽく笑って電話を切った。

「佐倉さんはいつもこうなんだから。しかし気にはなるな。」

司郎は独り言ちながら応接室を出たところで、一人の男と一瞬目が合ったが、男はスッと姿を隠した。

「池添のヤツ、相変わらずコソコソしているんだな。」

司郎の言葉に社長の大川が答える。

「池添も仕事はできるんですがねぇ、勿体ないです。」

池添耕平はW社の創業時からの従業員で、司郎と大川からの信頼が厚く、5年前には取締役に抜擢され、経営にも営業にも優れた能力を持っていたため、技術系の白石や渋井たちからも信頼されており、司郎たちはいずれW社を継がせる人材であると考えていた。

しかし2年前、パートで勤めていた既婚女性とのダブル不倫関係が発覚し、妻からも離婚を言い渡されて、全財産を持って行かれてしまう。

司郎も大川も、倫理を重んじるクリスチャンという立場もあり、池添を決して許すことができない。

懲戒解雇を言い渡されそうになった池添を必死に守ろうとしたのが、内気で無口な性格で、池添だけを信頼していた渋井護だった。

W社の技術の根幹の一人である渋井を失う訳にはいかないということで、司郎は、池添を取締役の地位から解任して営業課長に降格し、その代わりとして、当時は夫であった邦彦と離婚して別の町で暮らしていた長女の駒子を取締役として迎え入れることで決着を図ったのだ。

(つづく)

登場人物紹介(第10回~第11回)

・池添耕平(いけぞえ・こうへい 50歳)

W社創業以来の従業員で、当初から恵庭と大川からの信頼が厚く、5年前からは取締役に抜擢されて、将来はW社の後継者となる予定であったが、2年前に既婚女性とのダブル不倫関係が発覚したことから、取締役を解任されて営業課長に降格処分となり、妻にも離婚された。

しかし、経営能力や管理能力には優れており、年下の白石や渋井からの信頼が厚いようである。