Beautiful Dreamers
~夢と愛に想いを賭けた人たちの群像劇~ 連載第7回
第1章:スパイラル 第5話
司郎と白石が話をしている部屋に、渋井護が入ってきた。
「渋井君、また新規受注があったようだね。」
司郎は、口にしてから、しまったと思った。
白石はきっと、渋井の成功を妬んでいるに違いないと思ったからである。
しかし白石は無反応で、渋井も気にしていないらしい。
白石と渋井は大学時代の同級生で付き合いは長い筈なのだが、専門分野が異なるということもあるのか、ずっと別の部屋で仕事をしており、ほとんど会話している様子もなく、彼らの人間関係が司郎には全く見えない。
「会長、少しご相談があるのですが、よろしいでしょうか?」
司郎は、渋井を応接室に誘った。
「社長は呼ばなくていいのか?」
「いえ、まず会長にお話したいと思いましたので。」
「確かに、社長はまず聖書の講話から始めるので面倒ではあるがな。」
司郎の冗談は気にせず、渋井は続ける。
「実は“まるも君”の権利を買いたいという会社が、私に個人的に接触してきました。」
「ほぅ。」
「私には難しいことは分からないのですが、かなりの好条件のように思えました。」
「それで。」
「それで相手の会社の人が言うには、ソフトウエアの権利はどうなってるのかと。私は会社員なので会社に権利があるのではないかと思っていたのですが、個人的に開発したのであれば私個人に権利があるのではないかと言われまして。どうなんでしょう?」
司郎は笑って言う。
「君は正直者だね。もし君が狡い人間であったなら、権利を勝手に売ってしまっていたかも知れないな。確かに、あのシステムは君が個人的に開発したと言えるので、君個人に権利があるということになるのかも知れない。だが私に正直に言ってくれたのだから、決して悪いようにはしない。一緒にこの会社で頑張ってくれ。」
「会長、ありがとうございます。これで安心しました。実は私を今の給料の倍で引き抜いてくれるという話も来ていまして。」
「ほぅ、そちらはどうしたのだい?」
「もちろん断りました。東京に行くのは嫌ですから。」
「それだけかね?」
渋井は沈黙している。
「君には、ここから離れたくない理由が他にあるんだろ?」
渋井は何も言わない。
「まぁいい。君は大事な人材だから、ずっとここに居てくれ。もちろん白石君もだ。」
(つづく)
登場人物紹介(第5回~第7回)
・白石裕也(しろいし・ゆうや 30歳)
幼少時よりゲームが大好きで、大学在学中に名馬・オグリインパクトに影響を受けて開発したソフト「ミラクル・スタリオン」が、大手ゲームソフト会社主催のコンテストで大賞を受賞したことで、周囲からベンチャー企業の立ち上げを薦められたが、資金もなく、かつ経営に関しては自信がなかったことから、出資者となる恵庭にW社を創業してもらい、取締役開発部長に就任した。
「ミラクル・スタリオンⅡ」が大ヒットした後も、暫くは順調に新商品を発表していたが、実は多くのソフトウエアのアイデアを出していたのは10歳下の妹の陽花里であり、陽花里がアラジール症候群2型という難病で入院して以来、その看病に気を取られ、陽花里への腎臓移植手術などを行ったこともあって、ここ数年はアイデアが枯渇して開発が滞っているところ、元同級生である渋井の新商品が成功しているので、やや焦りが見えている。
・渋井護(しぶい・まもる 30歳)
白石の大学時代の同級生で、W社創業以来、取締役製造部長を務めていたが、競馬には全く興味がなく、またゲームよりもビジネス系のシステム構築を得意としており、白石とは業務の面では棲み分けて、地道な作業を中心に活動する中で、業務外で個人的に開発した高齢者の見守りシステム「まるも君」の成功により、他社からの引き抜き工作なども経験し、自己の力量に気付いた感じである。
しかし、3年前に大好きだったパチンコが原因で自己破産して、そのために取締役を解任されており、そのことを必要以上に引け目に感じている。
・白石陽花里(しろいし・ひかり20歳)
白石裕也の妹で、幼稚園時代から兄が開発するゲームソフトのアイデアの多くを出してきたが、アラジール症候群2型という難病のため、現在は療養中。
2年前に実行した裕也からの腎臓移植手術が不成功に終わり、非血縁ドナーの出現を待ちながら、人工透析の他にも様々な高額の治療を続けている状態。