Beautiful Dreamers

~夢と愛に想いを賭けた人たちの群像劇~ 連載第8回

第1章:「スパイラル」第6話

司郎は、渋井が白石陽花里を意識していることを、渋井の言動や、これまでのいろいろな現象から気付いていたのである。

そして、パチンコが原因で自己破産してしまった時、社長の大川は渋井を懲戒免職にしようとしたところを、会長の司郎が助けてくれたことを恩義に感じていることも。

渋井が立ち去った後、司郎は応接室で一人、昔のことを思い出していた。

司郎は北海道新冠町にある酪農家の次男として生まれた。

7歳上の兄の正吉は、亡父の後を継いで「農事組合法人恵庭農場」を今も経営している。

若い頃から馬や牛たちと家族のように過ごしてきた司郎は、JRAの馬主になることを夢見て、小樽市に出て居酒屋を経営し、懸命に資金を稼いだ。

馬主になるには相当な資産と収入の裏付けが必要なのだ。

今から15年前、司郎は遂にJRAの馬主資格を得られるまでの資産と収入に到達し、個人馬主として登録することができた。

そして初めて顔を出したサラブレッド市場「セレクトセール」で、幼き日のオグリインパクトとホワイティドリームに出会うのである。

ひ弱そうな外見をしていたオグリインパクトは、後の活躍からは考えられないような安値で競りに出されていたが、司郎はその姿に光るものを感じており、入札に手を上げかけた瞬間、次に引かれてきたホワイティドリームに目を奪われた。

ホワイティドリームは、血統も体格もオグリインパクトを凌いでおり、競り値も当時の司郎の財産の大半を費やすくらいの高値であったが、司郎は祈るような気持ちで入札した。

司郎は、自分の目と勘に賭けたのである。

その時の司郎の目には、ホワイティドリームしか見えてはいなかった。

直後にオグリインパクトが落札されたことも、ずっと後の競りに、現在でも走っているルミエールダンサーが混じっていて、驚く程の安値で競り落とされていたことも。

そしてあの新馬戦、怪我をしたホワイティドリームを、司郎はどうしても守り抜きたかった。

骨折から屈腱炎、ここまでは限界のスピードで走る競走馬の宿命である。

しかし、サラブレッドにとって不治の病「馬運動ニューロン病」、この難病だけはどうにもならない。

虚しく円を描いて動き回るばかりになってしまったホワイティドリームを、周囲の誰もが安楽死させるべき、それが馬のためと言ったが、司郎は頑として聞かなかった。

そして運命の日、オグリインパクトのオーナーの好意でドバイ遠征に招待された司郎は、帰国後にホワイティドリームに急性症状が発生して、既に安楽死処分となっていたことを知る。

処分を決断したのは福永邦彦獣医、当時は恵庭駒子の夫であった人物である。

やり場のない怒り、安楽死処分が正解、馬のためと分かっていても許せない感情、その全てを司郎は獣医である長女の夫に向けた。

邦彦はまだ幼い長男・天馬に想いを残しながら、離婚届という乾いた書類を残して、駒子のもとを去って行った。

風の噂では、邦彦は獣医をやめて、遠く離れた釧路で一人寂しく暮らしているらしい。

(つづく)

登場人物紹介(第8回)

・福永邦彦(ふくなが・くにひこ 45歳)

恵庭駒子の元夫で、優秀な獣医師であったが、義父であった司郎と連絡が取れないままホワイティドリームの安楽死の判断をしたことが原因で司郎から疎まれ、その後は駒子とも離婚して、郷里の釧路市に帰って獣医師を辞めて建設作業員となっているらしい。

駒子が養育している一人息子の天馬を溺愛しており、常に再会を願っているという。