天下の悪法“遺留分”を回避せよ! “How to Avoid Bad Law!”

第3回:「天下の悪法」の具体的影響~その1

では、遺留分制度の問題点について、具体例を挙げて考えてみましょう。

せっかくなので連載小説の設定を使います。

父:田和今朝蔵(75歳)

中小企業経営者で自社株式の全部(評価額3000万円)と自宅不動産(次男との二世帯住宅で時価5000万円)を持っているが、現金については会社の経営に注ぎ込んでいるため、ほとんどが「会社に対する債権(額面3500万円)」となっており、預貯金は合計500万円しかない。

総資産は1億2000万円ということになる。

母:田和景美子(78歳)

以前は会社を手伝っていたが、現在では認知症の症状が出てきている。自分名義の財産は特に持っていない。

長男:田和健人(42歳)

以前は父の会社を手伝っていたこともあるが、現在では音信不通の状態で、父からの相続をあてにして借金を重ね、「飲む・打つ・買う」の乱れた生活を送っている典型的な「親不孝者」。

次男:田和圭司(39歳)

兄とは正反対に真面目で誠実な性格で、妻と子が一人いる。父の会社の後継者として懸命に尽くしており、両親とは二世帯住宅で同居し、認知症の症状が出ている母の世話もしている典型的な「親孝行者」。

さて、もしこのまま何の事前対策もなく父が死亡すると、当然のように法定相続となり、母が2分の1、長男と次男が各4分の1の遺産を手にすることとなりますが、それでは自社株も不動産も会社への債権も全て3人の共有物になってしまい、とても不便な状態に陥りますから、一般的な家庭では「遺産分割協議」を行って、全員で話し合いをした上で仲良く遺産を分け合うということになります。

しかし、この事例では二つの理由で遺産分割協議はまず不可能です。

一つは親不孝者の長男の存在です。

父の財産の内容を見て、普通であれば自社株や会社に対する債権は事業の後継者である次男が引継ぎ、二世帯住宅も実際に居住している次男が手にすべきと誰もが思うところなのですが、それでは次男が全遺産の8割以上を取得することになるので、長男は自分がこれまでにしてきた言動を全て棚に上げて一方的に「不公平だ!」と騒ぎ立てることでしょう。

かと言って、長男に自社株と債権の一部や不動産の共有持分を取得させてしまうと、会社の経営に口を出してきたり、場合によっては「会社に貸した金を返せ」「家賃を寄越せ」と次男に詰め寄ってくる可能性があるばかりか、次男は今後ずっと長男の顔色を伺い、いちいち意向を聞かないと、会社の経営や不動産の売却などができなくなってしまいます。

しかし、長男の存在よりもっと厄介なのは、母が既に認知症になっていることなのです。

認知症になってしまった人は、自らの意思で法律に関する行為はできず、遺産分割協議も当然にできませんから、代わりに協議してもらうために成年後見人を立てる必要があります。

おそらくこの「田和家」のケースなら、成年後見人は親族ではなく、見ず知らずの弁護士か司法書士が裁判所から指定されるものと思われます。

そして、成年後見人は被後見人の権利を守ることだけが仕事ですから、ひたすら法定相続割合である2分の1の遺産を寄越せと主張するだけで、柔軟な協議に応じてくれる可能性はほぼ考えられず、結局は法定相続と変わらないような内容となってしまうことでしょう。

また、一度成年後見人を付けてしまうと「解約」ということは不可能で、その人が死亡するまでずっと毎月の報酬を支払い続けなければならず、本人の意思で続けてきたこと、例えば「孫への贈与」とか「家族旅行」とかは、「財産を減らす行為」として認められず、とても不便な結果が待っていることになります。

これはまた別の機会に詳細に解説しますが、現在の成年後見制度は、法律自体は間違っていないのに、その運用方法が明らかに間違っており、実質的には「悪法= Bad Law」になってしまっているのです。

そして、もし遺産分割協議が整わなければどうなるかと言うと、父の遺産は基本的に全て「凍結」という状態となり、預貯金の引き出しや不動産の売却はもちろん、このケースですと会社の株式が凍結しますので、後継者を新しい代表取締役社長とするための株主総会が開けないということになり、法律的には会社の経営も不可能となるのです。

これが今から30年くらい前の、何事にも緩かった時代なら、認知症になった人の印鑑や権利証を家族が勝手に持ち出して代わりにサインでもしておけば、銀行は預金を解約してくれ、司法書士は不動産売買でも会社の役員変更でも何でも登記をしてくれたのでしょうが、変に「コンプライアンス」が煩くなった昨今、自らがリスクを背負ってまで家族を助けてくれる殊勝な銀行も司法書士も存在しないのですよ。

ということで、田和家のケースでは、父が全く何の対策も講じないままで死亡してしまうと、実に大変なことになるということが、お分かりいただけたと思います。

では、次回は田和家に遺言があったケースを考えてみましょう。

※写真のペンギンさんは気楽そうに「口座凍結されちゃったね」と言っていますが、実際に口座が凍結されると、それはもう本当に大変です。

口座凍結は、本人が認知症や重病の場合、相続で遺産分割協議が終わっていない場合などがあり、この田和家のケースではダブルパンチということになります。

一部の専門家は、キャッシュカードやネットバンクを使って、暗証番号を家族が知っておき、認知症や死亡の事実を隠していれば出金できるなどと浅はかなことを平気で言っているようですが、それは明らかに違法行為となりますので、やめておいた方が身のためだと思いますよ。