~歴史体験ファンタジー~ 田和家の一族
第19回
エピソード7 ~1965年アメリカ:Loving Trust編~その1
健人は、母に一喝された瞬間、真っ赤な閃光に目が眩まされ、気が付くと体が高速エレベーターに乗せられていたが、またまた少しだけ上昇してゆく感覚があった。
そして、上昇が止まったと思ったら、今度はエレベーターが相当な時間の横移動をはじめ、景色は見る見る華やかなカラーになってゆき、それから地面に落とされたような気がする。
「健人、大丈夫か!」
「ここは何処だ!」
健人は、エレベーターが横に移動していたことから、ここが日本ではないことが分かっていた。
ナポレオン時代の経験が生きてきたようだ。
法男が答える。
「1965年のニューヨークだよ。」
エレベーターは約20年分上昇し、今度はアメリカに移動したらしい。
「で、俺たち?」
「俺もお前もロースクールの学生だよ。」
「ロースクール? ってことは、もしかして俺たちは弁護士になるの?」
「そうだよ、今から遺産処分計画(estate planning)の授業を受けに行くんだよ。」
「で、俺はどうして倒れてた?」
「酔っぱらって道で寝てたんだよ。」
「またまた違うパターンか・・・。」
「パターン??」
健人と法男はロースクールの教室に向かっている。
「ところで法男、その本は?」
法男は持っている本を示して言う。
「これは最近ベストセラーになっている “How to Avoid Probate(検認手続きを回避せよ!)”という本だよ。まだ読んでないんだけどな。」
「何が書いてあるの?」
「我が国の相続は、基本的には遺言書通りに進められるんだけど、遺言の有無に関係なく必ず裁判所で行う検認手続き(Probate)が必要で、これに結構な時間と費用がかかるので評判が悪いのさ。そこで、その手続きを素っ飛ばしちゃえという内容らしいんだ。」
「その著者のノーマン・デイシーって?」
「どうも弁護士とかの法律専門家ではない、単なる不動産屋さんらしいので、内容もあんまり信用できないんじゃないかな?」
ロースクールでの授業が始まった。
今日はベテランの弁護士が来て、これから弁護士になる生徒たちに、弁護士としての稼ぎ方をレクチャーするという特別講義であった。
「皆さんが弁護士になったら、とにかく誰彼の区別なく遺言の作成を薦めて、そして必ず自分を遺言執行者に指定させ、1枚でも多くの遺言書を預かってください。確かに遺言書の作成報酬自体は小さいかも知れません。しかし、依頼者が死亡したら必ずその遺族が皆さんの事務所を訪れ、そして皆さんは裁判所の遺言検認手続き(Probate)と遺言執行費用でダブルに稼ぐことができまんねん。これはエライ儲かりまっせ!ガンガンやりなはれ!」
健人は思う。
「要するに弁護士の利権なんだな。でも社会正義を掲げる職種としては、何とも違和感があるなぁ。」
すると一人の如何にも優秀そうな学生が質問をした。
「先生、最近では生前信託(living trust)をしておくことによってProbateを回避できると書いてある本がベストセラーになっていると聞くのですが。」
「あぁ、あの本ね。あれを書いたのは弁護士でも何でもない一般人であり、全く読むにも値しない単なる詭弁だと思いますから、相手にしないでください。信託とは金融を目的に使うものであり、Probate回避などという脱法行為に悪用するなど、法律を勉強していない輩の浅はかな考えに過ぎませんよ。とにかく弁護士は遺言でしっかり儲けまひょ!何やかんや言うても最後は“ゼニ”でっせ!」
授業が終わった後、時代と共にインテリジェンスが高まっている法男が健人に言う。
「さっきの弁護士先生の話だけど、ゼニでっせはともかくとして、俺は生前信託という言葉に何かピンとくるものがあったんだ。あの本の著者に会いに行かないかい?」
「ノーマン・デイシーさんに会いに!!」
(つづく)
用語の解説(詳しくは世界史の教科書やWikipedia等で!)
・ノーマン・デイシー(Norman Dacey 生没年は調べ切れず・・)
本業は不動産プランナー。
「How to Avoid Probate」がベストセラーになった後、法律家業界から強い批判と多くの訴訟を受けたが、最終的には国民多数の支持を得て、アメリカにおけるliving trustの普及に大きく貢献し、現在では信託が日常的に使われる世界になったという、いわば「法律界の革命家」である。
※本稿の中の歴史的事実の記載については、全くの間違いではないらしいとは言え、かなり適当に盛っておりますので、その点は悪しからずご了承願います。
なお、このエピソード7に関しては、英米法研究の第一人者であり、現在は武蔵野大学の特任教授であられる樋口範雄先生の御著書や論文を勝手に参考にさせていただいております。
また、登場人物の「蒲池法男」は、樋口範雄先生とは全く関係ありませんので念のため。