~歴史体験ファンタジー~ 田和家の一族

第17回

エピソード6 ~昭和22年(1947年):新民法制定編~その3

会議が解散してから暫くして白洲が戻ってきた。

「あれっ、終わっちゃったんですか。」

法男が状況を白洲に説明する。

白洲は天を見上げて言う。

「これは大変なことになります。日本国は100年、いや70年くらい後には滅亡しているかも知れません。」

「やはり法定相続制度が問題ですか?」

「例えば遺言がない場合に仕方なく法定相続ということであれば致し方ないとして、明治民法の遺留分制度を、主役を変えて残してしまったのは、やがて命取りとなるでしょう。」

「それはどういうことですか?」

「明治民法の遺留分制度には、家の財産を散逸させないという家督相続人を守る目的がありましたが、家制度を廃止する新民法では家督相続人は存在しないのですから、法律を使ってまで守る必要がある相続人は誰も居ないのです。私も制定に関わった日本国憲法では、確かに14条で平等原則を謳っていますが、そこに相続人の平等という観念は一切ありませんし、逆に29条で私的財産権の絶対的保護、13条で幸福追求権を認めていますので、財産所有者が自分の思い通りに遺産を相続させられなくなる遺留分制度は憲法違反となる可能性もあると思います。」

「では、どうして司法省は遺留分制度を残そうとするのですか?」

「それはですね。GHQが財閥解体を戦後改革のメインテーマとしているためなのです。いくら家制度を廃止しても、遺言で全財産を長男に相続させるというのを認めてしまうと、実質的に家制度が残ることになりかねないですから、他の相続人の権利を強くして、長男に全部の財産が行かないようにしなければならないのでしょう。」

「奥野局長は、遺留分は相続人の生活保障だと言ってましたが。」

「確かにそういったニーズはあるのかも知れませんが、それは裁判所なりが個別に判断することであって、全国民を対象とする一般法である民法典で一律に規定することではありません。」

「その通りだと思います。」

「彼らは、二言目には、もし遺言で愛人に全部財産が流れたらどうするんだ?と主張するのですが、愛人に全部と遺言するには、そうされるだけの理由が相続人側にあると思うのです。」

健人は、何処か別の世界で同じセリフを聞いたことがあるような気がした。

白洲は続ける。

「現にアメリカでは基本的に相続は完全に自由ですし、国民の意識も高く、かつ裁判所などの司法システムも充実していますから、あのような発展を遂げたのです。」

「なるほど、GHQが日本国民の財産を散逸させて揉め事を増やすために仕組んだ、巧妙な戦略ということですか。」

「そうだと思います。」

「たった10幾つしかない財閥を解体するために、全国民を巻き込んでしまうということなのですね。」

そこに、いかにも学者然とした人物が登場し、法男が声を上げる。

「四宮和夫(しのみやかずお)先生だ!」

(つづく)

 

用語の解説(詳しくは日本史の教科書やWikipedia等で!)

・財閥解体

GHQが占領政策の一環として、農地改革などと共に行った「過度経済力排除政策」の一つで、表面的には三井・三菱・住友・安田の4財閥一族を会社支配から排除するのが目的であったが、補完的に法定相続制度の新設と遺留分制度の維持、そして相続税率の引き上げ(最高は90%!)、贈与税の新設等によって財閥の再結成を回避しようとしたと言われている。

※本稿の中の歴史的事実の記載については、全くの間違いではないらしいとは言え、かなり適当に盛っておりますので、その点は悪しからずご了承願います。