~歴史体験ファンタジー~ 田和家の一族
第16回
エピソード6 ~昭和22年(1947年):新民法制定編~その2
昭和22年5月司法省法制調査会会議室
最初に、司法省民事局長である奥野健一(おくのけんいち)が発言する。
「遺留分制度でございますが、これは相続人の生活保障という意味でもって、絶対に必要と思料するものでありまして、旧法の遺留分請求権者を家督相続人から、応急措置法でもって新設されました法定相続人に変更するのみで、そのまま維持すべきであると考えます。」
他の委員が質問する。
「しかし、今月3日に施行された日本国憲法は、極めてアメリカ的な内容となっておりますので、民法に関しましても、アメリカの制度を参考にすべきとの考え方があっても良いのではないかとする意見も少なくないように思います。実際、アメリカ民法には遺留分制度は存在しない訳ですし。例えば・・」
言いかけたところで、我妻榮教授が登場する。
「遅れて申し訳ない。入口の所で私のファンの学生たちに少し講義をしていたもので。」
とても学生に親切な人物であるらしい。
「では、私の結論を申し述べることにいたします。我が国にはフランス法制を基本に民事法を構築してきた歴史があります。ナポレオン1世は均分相続を近代民主主義国家の根幹と考えており、私共もそう信じて参りました。特に今回、フランス民法典には存在しない明治民法独自の規定であって、極めて前時代的な家督相続制度を廃して法定相続制度を導入したのですから、例えば長男に全財産を与えるなどという、相続人間の平等と公平を侵害し、相続秩序を無視するような遺言は公序良俗違反であり、絶対に認めることはできません。従って、遺留分制度は奥野局長が申されている通り、維持すべきであると考えます。」
そこに颯爽と、身長185センチの白洲次郎が、トレードマークのジーパン姿で登場する。
「遅れて申し訳ない。入口の所で私のファンの女性たちと歓談しておりましたもので。」
とても女性に親切な人物であるらしい。
「さて、私の意見を具申させていただきましょう。委員のみなさん、わが祖国日本を、100年計画で潰すおつもりですか?」
「白洲さん、何をおっしゃりたいのです?」
奥野局長の問い掛けに、白洲は堂々と答える。
「均分相続は田分けと言って、国を亡ぼすタワケ者のやることで、これは我が国でも鎌倉時代に痛い経験をしております。少なくとも相続制度に関しては、遺言が絶対的な効力を持ち、かつ信託という別の財産承継制度をも併せ持つアメリカ法が世界で最も優れていることは、フランスとアメリカの経済発展力の差に如実に表れているのではないですか?」
健人は二回ほど真っ赤な閃光を見たが、白洲の言葉に感心しきりである。
「今までは“お上”の言いなりだった無知な日本国民の知識や感性は向上し、やがてアメリカのような自己責任の社会が来ます。成熟した国民ならば、自らの財産の行く末は、国家に決めさせるのではなく自らで決めるべきであり、それこそがまさに新時代の相続秩序なのです。」
その後も、白洲は理路整然とアメリカ相続法の優位性を語り続け、誰も反論することができない。
我妻は、法曹界以外の者の意見は聴きたくないのであろう、寝たふりをしているようだ。
しかしその時、白洲の秘書が寄ってきて白洲に耳打ちした。
「分かりました。ではすぐに向かうとお伝えください。」
と白洲は秘書に言ったあと、皆に向かって丁寧に頭を下げて言う。
「皆様、私は急用でマッカーサー元帥から呼ばれましたので、GHQ本部に行かなければなりません。終わり次第に戻って参りますので、くれぐれも拙速に結論を出さないようお願いしますよ。プリーズ・ウエイト・ヒア!」
ということで、白洲次郎は途中で退席してしまった。
それでまた議論は元に戻ってしまい、どうやら奥野局長は白洲次郎とは意見が合わないようで、とにかく結論を急ごうとする。
「それでは、我妻先生のお説に従い、遺留分制度は維持するということで、本調査会はお開きといたします。木村司法大臣、宜しいですな?」
自らも弁護士であり、やはり白洲をあまり良く思っていない木村篤太郎(きむらとくたろう)大臣は、黙って首を縦に振って一言。
「ごくろうさん。それでは解散。」
健人の心の声「なんだこりゃ、これで新民法が決まってしまったのか。」
(つづく)
用語の解説(詳しくは日本史の教科書やWikipedia等で!)
・奥野健一(1898~1984)
大審院判事を経て、終戦後に司法省民事局長に就任、その後に最高裁判事となる。
・木村篤太郎(1886~1982)
検事総長、東京第一弁護士会長を歴任し、民間人として司法大臣、そして初代法務大臣に就任。
※本稿の中の歴史的事実の記載については、全くの間違いではないらしいとは言え、かなり適当に盛っておりますので、その点は悪しからずご了承願います。