~歴史体験ファンタジー~ 田和家の一族
第12回
エピソード4 ~ナポレオン1世時代:Code Napoléon制定編~その3
フォンテーヌブロー宮殿内会議室
「トロンシェ委員長、遅かったですな。ところでそのお二人は?」
トロンシェ教授と最も意見が合わないポルタリス編纂委員が、ちょっと意地悪そうに言う。
「私の書生のカバーチとタワーケです。」
タワーケという言葉を耳にした瞬間、健人の目の前に真っ赤な閃光が走ったような気がしたが、今は何も起こらなかった。
ポルタリスが言う。
「トロンシェ委員長、民法典は先日の会議に私が提出した試案の内容で確定ということで宜しいですね。」
「いや、相続の部分だけは今一度の協議が必要と思うのです。国家の将来の根幹に関わることですから。」
「いえいえ、均分相続こそが、自由・平等・友愛という我が国の建国精神に合致した、世界に誇るべき制度だと私たち三人の委員は考えています。皇帝陛下も異存はないとのことですし、委員長のお考えは少数意見に過ぎませんよ。」
「いや、しかし・・・。」
その時突然、当時のフランス国歌であった「門出の歌(Chant du Départ)」が流れ出した。
「皇帝陛下だ!」
そして、国歌と共にナポレオン1世が現れた。
「皆の者、元気であったか? 全員年寄りなので心配しておった。」
「恐れ多く存じます。」
「で、民法典だが、ポルタリス試案の内容で承認する。せっかくなのでナポレオン民法典(Code Napoléon)と名付けることにした。ご苦労であった。以上である。解散。」
公務多忙なナポレオンは、再び流れ出した国歌と共にさっさと帰ってゆき、残された委員たちも立ち去った後、トロンシェ教授は健人と法男に言う。
「残念ながら私の意見は通らなかったが、100年200年後には、この会議の過ちが世界に知れることになるだろう。」
「私もそう思います。」
歴史体験を重ねて、知らず知らずのうちに成長したのか、健人はしっかりと答える。
宮殿からの帰り道、健人が法男に言う。
「この後、俺の家に一緒に来てくれるよな。」
「悪い、彼女ができちゃってさ、今から逢いに行かないといけないので。」
「まさかハルーナとかって名前じゃ。」
「どうして知ってるの??」
健人の心の声「いつの間にか進展してやがる。」
法男は健人が不機嫌そうになったので、仕方なく言う。
「まぁ、ちょっとだけだったら付き合ってやるよ。」
健人が法男を伴って自分の邸宅に帰宅してみると、何故か両親も弟の圭司も普通にパリ市民として暮らしている。
家族の顔を見た途端に性格が元に戻ってしまうのだろう、健人は圭司に向って毒づく。
「近々にナポレオン1世陛下が民法典を公布されて、財産は均分相続ということになるらしいが、俺はこの家の長男なんだから、この家の財産は全部俺が貰うからな。お前は家で家族とノンビリ暮らしていて、もし権利が俺と同じだったら、こんな不公平はないぞ!」
圭司も言い返す。
「均分相続って公平でいいじゃないか。それに法律はお国が決めることなんだから、俺に言われても困るよ。」
「では、両親が生きているうちに生前贈与で俺に名義を変えるか、あと民法典の何処に書いているのか知らないが、先に相続権の放棄をしろ。」
健人が圭司の胸倉に掴みかかろうとするところを、心優しい法男が止めに入ったその時、反対方向を向いていた母の景美子が振り返りざま、健人に向けて大声で怒鳴った。
「このタワケが!!」
その瞬間、真っ赤な閃光があたりを包み込み、世界の全てがストップしたかのように見えた・・・。
(つづく)
用語の解説(詳しくは世界史の教科書やWikipedia等で!)
・フランス国歌
現在の国歌は、フランス革命の際の革命歌「ラ・マルセイエーズ(La Marseillaise)」であるが、ナポレオン1世時代には「暴君を倒せ」という歌詞を嫌って歌唱を禁止し、代わって「門出の歌(Chant du Départ)」が使われていた。
・ナポレオン1世(Napoléon Bonaparte 1769~1821)
説明するまでもなくフランスの大英雄だが、法学にも造詣が深く、近代法の基礎となる数々の法典を公布し、自らの名を法律に付け、Code Napoléonと呼んだ。
※本稿の中の歴史的事実の記載については、全くの間違いではないらしいとは言え、かなり適当に盛っておりますので、その点は悪しからずご了承願います。