~歴史体験ファンタジー~ 田和家の一族
第11回
エピソード4 ~ナポレオン1世時代:Code Napoléon制定編~その2
1804年、フォンテーヌブロー宮殿内、トロンシェ教授の研究室
すっかりフランス人の若者になっている法男が、トロンシェ教授と話している。
「いよいよ民法典の完成ですね。」
教授は少しがっかりした感じで話す。
「いやぁ、本当は変えたかった部分があるんだが、ポルタリス教授ら三人の委員の意見に結局は押し切られている感じかなぁ。」
健人が話に割り込む。
「先生が変えたかった部分って、何処なんですか?」
「うん、それはね、相続の部分なんだよ。私は本当にフランス国民の自由・平等・友愛の精神と理念を実現するためには、国家があまり制度を固く決めて国民に押し付けるのではなく、長い間に培ってきた慣習法を中心に据えて、国民自身が制度を決めてゆくべきと考えているのだが、他の委員が頑なでね。私は委員長なのだが、なにしろ近代法の規範は多数決だから、いかんともし難いのさ。」
健人の心の声「この時代のフランスに、英米法的な発想をする学者さんが居たんだ。」
とてもインテリっぽくなっている法男が口を挟む。
「確かに、高い理想を掲げて実現した革命ですが、結局は一部の金持ちが潤っただけで、一般国民にとっては、単に支配者が貴族から金持ちの市民に変わっただけですからね。国家としては金持ちに有利な法律にしたいのでしょう。」
健人の心の声「我が朋友、オスカルとアンドレが命を懸けて勝ち取った革命も、結局は一部の金持ちのためにしかならなかったのか・・・・。」
いつから朋友になったのか分からないが、妄想とは勝手なものである。
そこでトロンシェ教授が言う。
「私が一番の問題だと思うのは、均分相続制度なんだよ。これは一見すると平等で公平みたいに見えるんだけど、考えてごらん、100年もすれば財産権はバラバラになってしまうし、おそらく相続紛争みたいなものも多発して、殺伐とした社会になってしまうのではないかと思うんだ。」
健人は声を大にして言う。
「先生、その通りです。世界の歴史上、均分相続で国が栄えた事例は一つもありません。自分で見てきたみたいに分かるのです。」
「そうなんだよなぁ。でも他の三人の委員の頭が固くってね。」
「他の三人の先生方は、どのような考え方なのですか?」
「被相続人が自由に処分できる財産の割合(portion de biens disponible)は制限されている、だから相続割合は国家が法律で決めるべきと言うのだが、わが国のような革命でもって国家から自由を勝ち取った社会では、それは違うと思うんだ。彼らは二言目には、もし遺言で愛人に全部財産が流れたらどうするんだ?と主張するのだが、愛人に全部と遺言するには、そうされるだけの理由が相続人側にあると思うのだがね。」
「まさに自由主義社会における平等・公平とは本来どうあるべきかという課題ですね。」
「実は、皇帝陛下も、ああ見えて軽いところがあって、見せかけの平等・公平がとてもお好きみたいで、今度の皇帝即位でも結果が見え見えの国民投票なんかやっているしね。今から最後の編纂委員会があって、陛下も列席されるらしいので、見に来るかい?」
(つづく)
用語の解説(詳しくは世界史の教科書やWikipedia等で!)
・ポルタリス教授(Jean Etienne Marie Portalis 1746~1807)
トゥロンシェと同じく招集された四人の学者の一人で、他の二人と共に国家主導型の民事法(現在で言われる大陸法)の制定を目指していた。
・オスカルとアンドレ
池田理代子氏の漫画作品「ベルサイユのばら」に登場する主人公とその恋人で、架空の人物であるが、作中ではフランス革命の立役者として描かれており、宝塚歌劇でも人気の高いキャラクターである。
※本稿の中の歴史的事実の記載については、全くの間違いではないらしいとは言え、かなり適当に盛っておりますので、その点は悪しからずご了承願います。