~歴史体験ファンタジー~ 田和家の一族

第10回

エピソード4 ~ナポレオン1世時代:Code Napoléon制定編~その1

健人は、母に一喝された瞬間、真っ赤な閃光に目が眩まされ、気が付くと体が高速エレベーターに乗せられていたが、またまた上昇してゆく感覚があった。

景色が淡いモノクロのような世界から、やや明るいカラーのある世界に変わってきていた。

そして、上昇が止まったと思ったら、今度は横に相当な時間エレベーターが移動し、最後に地面に落とされたような気がする。

「健人、大丈夫か!」

「よぅ、法男。」

健人はタイムスリップにも慣れてきたようで、笑顔で法男を見ている。

しかし、今度は雰囲気がこれまでとはかなり違う感じだ。

「ここは何処だ?」

見ると、そこに居るのは確かに悪友の法男らしいが、何故か金髪で顔の色も白くなっている。

「フォンテーヌブロー宮殿だよ。」

「時代は?」

「1804年、ナポレオン1世陛下が即位された年だよ。」

「ということは、ここはフランス? 」

エレベーターは約500年分くらい上昇し、今度は京都からフランスまで横移動したらしい。

やはり自動翻訳機が機能しているのか、普通に19世紀のフランス語で会話ができてしまっているが、健人はそれにも慣れてきたのか、全く違和感は感じていない。

「で、今度の俺たちはどんな身分なんだ?」

「今度の? 変なことを聞くなぁ。俺もお前も、法学者のフランソワ・ドニ・トロンシェ先生の書生じゃないか。」

「トロンシェ? もしかしてナポレオン民法典を起草した人か?」

「そうだよ、ナポレオン1世陛下から民法典編纂委員に指名された4人の学者先生のうちの一人で、委員長を務めておられる偉い先生だよ。」

軍事だけではなく法学に対する見識も高かったナポレオン・ボナパルトは、当代屈指の学者を4名招集して、世界初となる本格的な民法典を製作しようとしているところであった。

その条項には、フランス革命の影響もあり、「万人の法の前の平等」「信教の自由」「経済活動の自由」等々、当時としては画期的な発想が取り入れられていたのである。

法男からそう聞いて、健人は思った。

「そう言えば大学で習ったことのある“近代私法の三原則”の始まりがこの時代だったんだよな。ところで法男、三原則ってなんだったっけ?」

「一般的に言われているのは権利能力平等、私的所有権絶対、私的自治の原則だよ。」

この三原則は、現代の日本をはじめ、フランス法の影響を受けた世界中の自由主義国家に共通するものである。

「つまり俺たちは、近代民法が出来上がる瞬間に立ち会えるってことか。」

「あぁ、今からトロンシェ教授の研究室に行くところだからな。」

「で、俺はどうして倒れてた?」

「あのフォンテーヌブロー宮殿の修理をしてて、足場から落ちてきたんだよ。」

「そうか、やっぱり普請のアルバイトかぁ・・。」

「petit boulot??」

(つづく)

 

用語の解説(詳しくは世界史の教科書やWikipedia等で!)

 

・フォンテーヌブロー宮殿

パリ郊外にあるフランス最大の宮殿

フランス革命で一時は荒廃したが、ナポレオン1世が権威の象徴とするため改装、現在の姿になった。

 

・トロンシェ教授(François Denis Tronchet 1726~1806)

ナポレオン民法典制定にあたって招集された四人の学者の一人で、唯一「慣習法」を重視する立場にあった。

 

※本稿の中の歴史的事実の記載については、全くの間違いではないらしいとは言え、かなり適当に盛っておりますので、その点は悪しからずご了承願います。

※現在のフォンテーヌブロー宮殿