~歴史体験ファンタジー~ 田和家の一族

第5回

エピソード2 ~鎌倉時代:御成敗式目編~その1

健人は、母に一喝された瞬間、真っ赤な閃光に目が眩まされると同時に、右肩のあたりに激痛が走り、気が付くと体が高速エレベーターに乗せられたように降下してゆく感覚があった。

うっすらと覚えている景色は、降下するにつれ、見る見る淡いモノクロームのような世界に変わっていった。

そして、降下が止まったと思ったら、今度は横にスッとエレベーターが移動し、最後に地面に落とされたような気がする。

「健人、大丈夫か!」

揺さぶられて目が覚めた健人の目の前には、悪友の蒲池法男がいる。

しかし、何だか様子が変だ。

重いものを着せられているのか、手が上がらないし、右肩がとても痛い。

健人は、法男が着ているのが鎧のようなものであることに気付き、そして自分もそれらしい服装をしていることを知った。

「法男、ここは何処なんだ?」

「やっと目が覚めたか。ここは何処って?」

そして健人は、自分の右肩に矢が刺さっていることに気付いた。

「矢が??」

法男が言う。

「蒙古軍は退却したぞ。この神風のおかげみたいだ。」

「蒙古軍??」

「戦が始まるなり蒙古軍が“てつはう(火器)”を撃ってきて真っ赤な閃光が見えた途端、お前はさっさと逃げ出して、そしたら後ろから蒙古軍の矢が命中さ。あとのことは忘れたのか。」

健人が改めて周囲の様子を見ると、台風の後なのか、見たこともない凄惨な光景が広がっている。

「蒙古軍、神風、もしかして鎌倉時代??」

「そうさ、弘安4年(1281年)だよ。」

どうやら健人は元寇が去った後の鎌倉時代にタイムスリップしてきたらしい・・・。

健人の体には自動翻訳機でも装着されているのか、この時代の人たちと普通に会話ができるようである。

法男といろいろと話している間に、意外と適応力のある健人は、徐々に自分のポジションが分かってきた。

どうやら、こちらの世界での健人は、鎌倉幕府の御家人で、蒙古軍を迎え撃つため鎌倉から戦をしに九州の博多まで来ているようだ。

エレベーターで下に落ちる感覚は時間を遡っており、横に動く感覚は位置が動いていることらしい。

数日後、右肩の矢傷も癒えて、幕府軍は鎌倉に凱旋することになった。

帰り道の旅の途上、健人は法男と話している。

「蒙古を打ち破ったということは、鎌倉に帰ったらガッポリ恩賞がいただけるんだよな?」

すっかりタイムスリップ状態に慣れてきた健人は、法男に尋ねる。

この時代の武士の戦いは、武具も旅費も全部自腹で準備をして遠征し、戦いに勝ったら恩賞として所領を分け与えて貰えるというシステムであった。

何故か鎌倉人になりきっている法男が答える。

「お前、何も手柄なんて立ててないじゃねぇか。」

「そりゃそうだけど、誰も見てなかったんだから、蒙古相手に大奮戦して名誉の負傷をしたと、執権様には言っとけばいいんだよ。」

「大奮戦して背中に矢が当たるのかよ。」

「まぁ、そういうこともあるってことで。法男、お前こそ、ずっと土塁の後ろに隠れてったて聞いたぞ。」

「出撃の機会を伺っているうちに神風が吹いたんだよ。」

「まぁ、どちらでもいいから、とにかく恩賞が楽しみだよな。」

「どれくらい新しい所領を貰えるなんだろうな。」

(つづく)

 

用語の解説(詳しくは日本史の教科書やWikipedia等で!)

・元寇

モンゴル帝国(元)が、文永の役(1274年)弘安の役(1281年)の二度にわたって実行した侵攻作戦の総称。

我が国の歴史上、外国軍を本土(現在の福岡県近辺)で迎え撃ったのは、唯一この時だけである。

 

・鎌倉の御家人

鎌倉幕府が成立した時に、初代征夷大将軍の源頼朝に仕えた者の子孫を指し、後の江戸時代の御家人とは多少ニュアンスが異なる。

 

※いよいよ歴史編に入りましたが、本稿の中の歴史的事実の記載については、全くの間違いではないらしいとは言え、かなり適当に盛っておりますので、その点は悪しからずご了承願います。