鴛鴦(えんおう)“OSHI-DORI”第3章 株式会社スイートパラダイスの巻

第6話:経理部長の考え

三人は、次に取締役経理部長を務めている、砂川寛治社長の弟であり、砂川光一の叔父である砂川良治と面談することになっている。

良治と会わせる前に、光一は緑野真凛と青芝優也に対して言う。

「良治叔父さんは、もう30年近く税理士試験を受け続けていて、未だに合格できていませんから、若くして合格しておられる先生方に対しては複雑な思いがあるかも知れませんし、話し方には十分に気を付けていただきたいんです。」

税理士試験は、一回の試験で合否が決まる司法書士試験とは違って、多数の試験科目のうちから5科目に合格すれば最終合格になる“科目合格制”と呼ばれる仕組みとなっており、良治は早い段階で4科目に合格しながら、最後の1科目で躓いているらしいが、そのような受験生は少なくないと言われている。

しかし、4科目に合格するくらいなのであるから、良治は会計や税金に対する知識を税理士並みに持っているのではないかと真凛は思っていたので、こう答えた。

「もちろん、配慮するけど、良治さんはきっと知識は豊富だと思うので、あまり数字には強くない私にとっては尊敬の対象だわ。」

優也も言う。

「試験は水物ですから、少なくとも会社の仕事の上では、合否よりもその人の知識の量が大切だと思います。」

光一は言う。

「良治叔父さんは、昔から無口で意思疎通がし難いのですが、僕には優しいので、専務の時と同じく、まず僕から話してみますね。」

そして三人は砂川良治と面談している。

確かに、光一の話の通り、良治は真面目一筋で気の弱そうなイメージの人物であった。

光一がひと通り真凛と優也の紹介をして、今回のB社からの提案書に関して尋ねると、良治はこう言った。

「私はB社からの提案には反対です。おそらく青芝先生も数字を見ておられるならお分かりと思いますが、我が社は他社からの支援を受けなくても自主的に再建ができる段階にあると考えています。」

優也は言う。

「もちろん、自主的な再建が最良の方法かと思いますが、もしB社からの資金が好条件で受けられるのであれば、心強い話だとは思われませんか?」

「いえ、今の数字で判断するなら、敢えて他社からの資金を入れる必然性はないと思います。」

良治が言うことは、確かに数字的には正しい分析なのかも知れない。

しかし、頑なに反対することに、真凛は少し不信感を持っていたので、尋ねてみた。

「やはり経理部長は、他社から資本や役員が入ってくることに抵抗をお持ちなのでしょうか?」

「それはそうです。我が社は創業以来、ずっと兄である社長の経営理念に従って、多くのお客様に美味しいチョコレートをご提供するのが目的でしたが、B社のようなビジネス優先の会社が関わってくると、必ず社長の理念とは異なる経営判断がなされると思うのです。私は税理士試験にずっと合格できず、妻に食べさせてもらうという屈辱を受けていましたが、15年前に兄がこの会社を創業して、私を役員として迎えてくれました。ですから、私には兄の理念を守り通す義務があると思っています。」

「なるほど。よく分かりました。会計的な部分については私たちが教えていただく立場になりますので、よろしくお願いします。」

真凛は、それ以上のことを良治から聴取するのはやめておこうと思った。

良治との面談を終えて、三人はまた別の部屋で話している。

光一が訪ねた。

「緑野さん、良治叔父さんにはあまり深いことを聞かなかったみたいだね?」

「経理部長は社長のお身内だから、そんなことはないとは思うんだけど、私の師匠に教えて貰った話によると、他社との提携とかM&Aの時に会計の責任者が抵抗を示す場合、不正経理とまでは言わないにしても、大なり小なり他社には知られたくない情報が存在しているケースが少なくないらしいの。だから今日はあまり追求しないで様子を見た方がいいかなと思って。」

優也も言う。

「確かに、経理部長さんの言われることは筋が通っていますし、大丈夫とは思いますが、念のために過去数年分の決算書などを分析してみたいと思いますので、ご協力をお願いします。これはとっても確率の低いことですけど、万が一に経理部長に不正な行為があったとするなら、B社との提携以前に把握しておかないと、契約違反で違約金とかの問題に発展しないとも限りませんから、慎重に対応すべきでしょうね。」

真凛も言う。

「これも万に一つのリスクだけど、専務が実はB社と繋がっていたとすれば、B社の資本が入る時に変な契約条項が出てきたり、資本が入った後に専務がB社側の意向で動くことにならないとも限らないから、一応の警戒が必要かな。」

優也も言う。

「そうですね。とてもデリケートな問題ですし、リスクマネジメント上でも常に最悪の事態を考えておく必要がありますから、光一さんには常に専務と経理部長の様子は見ておいていただきたいと思います。」

光一は、ここでも真凛と優也の見識に尊敬の念を持つと同時に、自分がいかに甘い考えでここまで生きてきたのかと反省する気持ちになっていた。

真凛は言う。

「砂川君、今日は三人の役員さんのお話を聞かせていただいたけど、それぞれがバラバラの考えを持っておられるようで、それでいて互いに議論することもなく物事が進められてしまっている感じがするの。」

優也も言う。

「確かにそうですね。中小企業の場合、経営が順調な時には多少は役員間でギクシャクしていても何とかなるものですが、今の御社は緊急事態が続いているのですから、経営方針をしっかり決めないといけないと思います。」

「その意味では、砂川君だけが役員さん全員と人間関係が深いのだから、まさにキーマンだと思うの。しっかりしてくれなきゃ。」

真凛の言葉に、光一はこれまでの真凛との関係をすっかり忘れて恐縮するのであった。

優也は、真凛が光一に対してしっかり指導をしているのを見て、何となく安心した気持ちになっていた。

(つづく)

 

登場人物紹介

砂川良治(すながわ・りょうじ 50歳)

砂川寛治の弟で、現在はS社で取締役経理部長を務めている。

若い頃から税理士試験を受験し続けているが、あと1科目のところで躓き、妻の幸子に食べさせてもらっているところに兄の寛治からS社に誘われ、今では会計面の全てを担当している。

真面目で内気な性格だが、兄の経営理念に対する理解は深いようである。

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