鴛鴦(えんおう)“OSHI-DORI”第3章 株式会社スイートパラダイスの巻

第7話:ギブアンドテイクとギャンブル

S社を訪問した翌日、緑野真凛と青芝優也は、優也の自宅事務所で再度の打ち合わせをしている。

「砂川光一さん、僕が見た限りでは有能そうだし、それにお父さん思いで、会社のことも大事に考えておられるように感じたんだけど、どうして自分は会社から抜けたいって何度も言われるんだろうか?」

優也の問いに真凛は答える。

「砂川君は、以前は自分で携帯電話の販売会社を経営していたし、独立心が強いのではないかしら?」

「そうか、その気持ちも分からないでもないけど、今はお父さんの会社の立て直しに尽力すべき時と思うな。」

「そうね、私からも言ってみるわ。」

真凛は、そう答えたものの、光一と個人的に会うと優也に思われるのが嫌だったのか、こう付け加えた。

「もちろん優也さんも一緒に言ってあげてね。砂川君は同級生の私よりも、先輩の青芝先生を尊敬しているみたいだし。」

「そうなのかなぁ。ところで専務と経理部長のことはどう思う?」

「私の直感では、専務はああ見えてキッチリと会社のことを考えておられるようだし、後から思ったんだけど、B社からの提案書を砂川君に調べさせたのは、自分が読み取れないのではなくて、砂川君の後継者としての資質を試したような気がするの。」

「確かに、それなら話の筋が通るな。」

「むしろ怖いのは経理部長の方だと思うわ。ああいう真面目そうな人ほど、少しの額の横領とかしていて、それを気に病んで隠そうとする傾向があるらしいから。」

「なるほど。マリンさんは経験は浅いのに随分と何でも分かるんだね。」

「私じゃなくて、師匠のおかげだよ。」

「確かに、双葉梓先生がDVDでそんな話をしておられたな。」

「優也さん、もうそんな上級編までDVD見たの。今や双葉先生の追っ掛けだね。」

「やはり僕もマリンさん同様、まだまだ経験不足だから、先人の言葉を謙虚に受け入れる必要があるんだよ。」

確かに業務提携や資本提携、あるいはM&Aは、法律や会計だけではない様々な要因が絡んでくるし、実際に事件やトラブルも少なくないので、二人はこれまで以上に勉強して臨まなければと思っていた。

その時、真凛の携帯電話が振動して、メールの着信を知らせた。

「砂川君からだわ。昨日、B社に提案書を検討したいと連絡したら、早速に連絡があって、詳細を説明したいんだって。」

真凛は、そのメールを優也に読んで聞かせた。

メールを見せた方が早いのは分かっていたが、“マリンちゃん”と書いてある部分が見えたので、優也には見せない方がいいと真凛は思ったのだ。

優也も何となくそれには気付いていたが、知らないフリをして言う。

「B社、リアクションが早いな。おそらく向こうとしては一気に決めてしまいたいんだろうから、S社としては直ちには決めないで時間を稼ぐ方がいいかも知れないね。」

「そうね、砂川君は私たち二人に立ち会って欲しいって言ってるけど、専門家が二人も同席すると、その場で判断しなければならない雰囲気になっちゃうかも。」

「かと言って、砂川社長と光一さんだけに任せておくのも不安だな。」

そして相談した結果、優也だけが同席して、法律的な部分などについては後で真凛に相談するという形を取ることで、その日に結論が出されないようにすることになった。

真凛は言う。

「私の直感なんだけど、何か法律的に仕掛けを入れてくるような気がしてならないのね。正直なところ、今の私の知識だけでは対応できないかも知れないから、持って帰ってきて貰って、じっくり検討したいの。」

その翌々日、B社がS社を訪問する日となった。

S社側は砂川寛治社長と砂川光一の親子と白岩哲雄専務、そして青芝優也が、B社側は黒川源蔵社長と、顧問と称する三好義則という人物が同席している。

三好の名刺には“総合法務コンサルタントA級資格者”と書いてあった。

黒川は全く喋らず、三好が話の中心になっている。

「砂川社長はん、これはエエ話でっせ。なんせ、黒川はんは、資金は出すけど当面は口は出さへんっちゅうことでっさかいな。」

確かに、この前の提案書の通りであれば、S社にとって不利な話ではない。

だが、優也も光一も、三好の話し方や態度から、漠然とした不安を持たざるを得なかった。

優也は、真凛に言われていたので、白岩専務の様子を気にしているが、今のところ何も口を挟もうとはしていない。

三好が一通りの話を終えた後、ようやく黒川が口を開く。

「私に関しては、いろいろな世間の噂もあるようで、おそらくコンサルタントの青芝さんは既に調べておられるのでしょうが、東京とは違って、このあたりではちょっとでも目新しい事をやろうという者に対しては、根拠もなく批判的な意見が出てくるものなんですよ。私は、ビジネスはあらゆる面においてギブアンドテイクであり、また投資は一種のギャンブルだと考えていますので、私は御社に投資をして応援しますが、御社の経営が改善したら当然その分の利益は頂戴します。他社ともそのような関係で、互いに潤ってきたという実績がありますので、是非ともご一緒にこの難局を乗り越えましょう。」

光一は、黒川の言葉に納得したのか、何度か頷いている。

黒川はさらに言う。

「砂川社長、あなたにはしっかりした息子さんがおられるようで、羨ましい限りです。実は私は子どもに恵まれませんでして、後継者がおりませんので、いつかは会社を手放してしまうしかない、手放すなら買い取ってくださる方のために良い会社にしておかなければという思いで動いてきました。光一さん、しっかりとお父様の志を継いで、立派な後継者になってください。私からもお願いしておきます。」

こうして、黒川と三好は、最終的な提携提案書と契約書案を砂川寛治社長に手渡して、S社を立ち去って行った。

その後で、B社からの書類を全員で見てみたが、やはり横文字が多くてとても分かり難く、今度は白岩専務が、砂川社長に向かって言った。

「社長、この前も光一君に書類の分析をお願いしたら、青芝先生のような優秀な専門家に繋いでくれましたから、今度も光一君に任せてみては如何でしょうか? 今日はあの若くて可愛い女性の司法書士の方は来ておられないようですが、彼女に法律的な部分の分析を頼むのが最良の手段だと思います。」

優也は、いつもの“可愛くはないですが”という言葉を喉元で止めて、全員に向かって言った。

「承知いたしました。それでは光一さんと私、それから緑野真凛司法書士とで分析をいたしまして、明日にでもご報告に伺わせていただきます。」

そして優也は、光一を誘って自分の事務所に向かった。

(つづく)

 

登場人物紹介

黒川源蔵(くろかわ・げんぞう 55歳)

株式会社ブラックペッパーの創業者で代表取締役。

商店街の乾物屋から発展し、今は何社もの隣接業種の会社をM&Aで取得するなど、勢いのある会社となっており、S社への支援提携を申し出てきている。

 

三好義則(みよし・よしのり 60歳)

B社の顧問で、“総合法務コンサルタントA級資格者”を名乗っており、黒川社長からの信頼は厚く、この度のS社への支援提携の提案書などを作成したらしい。

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※ルーレット! こんなギャンブルに人生賭けちゃう人って、マリンは理解できないけど、ちょっとヤクザな感じでカッコいいかも!!