鴛鴦(えんおう)“OSHI-DORI”第3章 株式会社スイートパラダイスの巻

第5話:専務の考え

緑野真凛、青芝優也、そして砂川光一の三人は、S社専務取締役の白岩哲雄に会うため、専務室を訪問した。

白岩は巨体で、とても貫禄のある風情であり、また目付きがとても鋭く、まだ若い真凛と優也を見下しているような風情がある。

しかし、社長の砂川寛治とは大学の同級生であるし、光一のことも生まれる前から知っているためか、光一を見る表情は優しかったので、真凛は光一と一緒に来て良かったと思っていた。

まず光一が二人を紹介する。

「専務、こちらが先日のB社から来た提案書を読み解いてくださった司法書士の緑野真凛さん、こちらが緑野さんのパートナーで中小企業診断士の青芝優也先生で、多くの会社の経営指導をなさっておられます。」

白岩は、重そうな声で言う。

「ブラックペッパーから来た提案書を読み解いてくださったのですか。私は輸出入の仕事をしてきましたので、一応は英語も読めますが、あの提案書は変な和製英語とか、聞いたこともない金融用語みたいな言葉ばっかりで、結局何を言いたいのか分かりませんでしたから、とても助かりましたよ。」

真凛は言う。

「はい、最初に見た時は横文字ばかりで分かり難くて、何か隠された条項があるのではないかと疑いましたが、少なくともこの提案書が示している範囲の中では、特に不審な内容は含まれていないようでした。」

次に優也が言う。

「私が事前に頂戴したデータで見る限り、B社との提携を実行するか否かは御社の経営陣のお考え次第と見ましたので、白岩専務のご意見をお聴きしたく参上いたしました。」

白岩は、最初は光一と同年代らしい若い二人を軽く見ていたようであったが、光一の紹介と二人の言葉によって、少しは心を開いたのではないかと真凛は思った。

白岩は言う。

「私は基本的には他社の支援を受けないで自主的に経営を再建したいと考えていますが、もし提案書に不審な部分がないのであれば、B社から資本金という返済しなくていい資金が入るのは有難いとも思っています。ただ、単純に半分の支配権を取られるのでは、我が社の経営方針にブレが生じるおそれがありますから、例えばB社に割り当てる株数を減らすとか、B社から役員が二人入るなら、例えば光一君を新たな取締役に加えてバランスを取るとか言った交渉は可能なのでしょうか?」

これには優也が答える。

「もちろん交渉は可能とは思いますが、B社が出資する資金の額から見ると発行株式数は妥当なところですし、役員2名にどのような役割を持たそうとしているのかも不明ですから、相手側の意向次第ということになるでしょう。ところで、もしB社と提携関係になるとすれば、白岩専務としてはどのようなメリットやデメリットがあると考えておられますでしょうか?」

「そうですね、メリットがあるとすれば輸入ルートや販売ルートを互いに共有できることですが、取り扱い商品が異なるので、どの程度の経済効果があるかは未知数です。デメリットとしては、やはり黒川社長の意向を尊重しなくてはならなくなるので、砂川社長が納得されるかどうかという部分でしょうね。私としては我が社にプラスになるのであれば、積極的に考えたいとは思っています。」

そこで優也は言葉を重ねた。

「私が調査したところによると、B社は最初は業務提携や資本提携から入ってきて、折を見てM&Aを申し入れるというパターンで何社かを買収しているようなのですが、専務はもしM&Aの話が出てきた場合、どのように考えられますでしょうか?」

白岩は少し考えてから答えた。

「もし好条件であるなら、必ずしもM&Aを否定する理由はないと私は思いますが、ここもやはり創業者である砂川社長と、ここに居る光一君の意向を尊重すべきではないでしょうか。」

専務室を出た三人は、別の部屋で話している。

まず光一が言う。

「白岩専務、如何でした?」

「特に差し障りのない真っ当なご意見だと感じましたが。」

優也のこの言葉を受けて、真凛が言う。

真凛は、優也と光一の双方と親しいので、つい普通の喋り方になってしまうようだ。

「実は私、最初から少し思っていたんだけど、気になることがあるの。あのB社から来た提案書、確かに横文字が多くて分かり難いんだけど、法律や金融の専門用語っていっても、私がちょっとスマホの翻訳機能で調べて分かっちゃう程度なので、輸入事務をしている白岩専務が全然分からないってことはないと思うの。」

「確かに、そうかも知れない。」

優也の言葉を受けて、光一が言う。

「では、内容を分かっていて、わざと僕に調べさせるように仕向けたと?」

「もし光一さんが普通の専門家に依頼していれば、大丈夫っていう月並みな回答が出てきて終わりでしょうから、その専門家が専務に会いに来るってことは考え難いのではないでしょうか。」

優也の言葉を受けて真凛が言う。

「これはあくまでも一つの想像に過ぎないんだけど、もし専務が提案書の内容を分かった上で光一君に依頼したとするなら、あの提案書をスムーズに砂川社長に承認させるための手段にしようと考えた可能性もあるかも。」

光一は、少し考えてから言った。

「白岩専務は、父とは大学の同級生で、就職先の商社でも一緒で、この会社も一緒に創業していますから、もう40年近い付き合いですし、父を裏切ったりすることはないとは思いますが、確かにああいう外見ですし、僕以外のスタッフからは怖がられていて、誰もあの人の本心が分からないと言えば分からないんです。もし仮に専務がB社側と繋がっているとすれば、今後どういった動きが出てくるのでしょうか?」

真凛が答える。

「有り得るとすれば、あの提案書を受け入れて正式な契約書にする時に中身が変わっているということだけど、最終的に契約をするのは代表取締役である社長さんだから、そうなる前に私たちに相談してくれれば大丈夫と思うよ。」

光一は言う。

「僕も甘かったのかも知れない。これからは何事にも慎重に取り組むことにしますよ。」

「いえ、この話はあくまでも想像であって、白岩専務に悪意があると決まった訳ではないんだから、冷静に動向を見ることにしましょう。」

真凛の言葉を聞き、光一も優也も、真凛のさらなる成長に驚いていた。

(つづく)

 

登場人物紹介

白岩哲雄(しらいし・てつお 57歳)

砂川寛治の大学時代からの同級生で、寛治がS社を起業する時に貿易関係の会社を退職して行動を共にし、貿易の経験を生かしながら、現在ではS社の専務取締役として経営全般を担っている。

外見がいかつく、取っつき難い印象があるが、砂川光一は生まれる前から知っているので、自分の息子のように可愛く思っている。

※提案書ね!マリン、実は緻密な作業は苦手なんで、この手の仕事は優也さん任せなの!!