しらしんけん/何日君再来

~一途な愛と変わらぬ情熱の物語~ 第26回

第4章:走行融合(Zǒuxiàng rónghé) 第6話

数ヶ月後、蛯沢正泰がE社に、中岡香織に次ぐ地位の常務取締役として入社してきてくれた。

遂に、蛯沢省吾が望む“10年以上前のE社”と似た体制が構築されたのである。

長女・カナが生まれて、正式に花宮鈴華と結婚した蛯沢純治は、これを機に現場を離れ、取締役に就任して、本格的に経営の勉強をすることになった。

純治の後釜としては、純治の暴走族時代の後輩が2人、入社してきた。

最初は彼らの外見に誰もが違和感を感じたものだが、もちろん既に暴走族からは足を洗っており、彼らも当然“エビサワマニア”であるし、暴走族時代に鍛えられたのか、上下関係にきっちりと配慮した礼儀正しい態度と、バイクに寄せる情熱は、いずれ経営者となるであろう純治ばかりではなく、E社全体にも良い影響を与えそうであった。

蛯沢正泰常務が、かつて蛯沢啓太を教育していた蛯沢正治専務と同じような立場で、純治に経営のことを教えてくれる上に、啓太も時々は純治に会いに来てアドバイスをしてくれ、さらに香織も居るのだから、ある意味では以前よりも強力な後継者育成体制になったということなのだ。

これまでの純治は、一家の中で自分だけが学歴もなく頭も悪いので、バイクに関する技術を習得するしか生きる道がないと思い込んでいたのだが、家族ができて一気に考え方が変わったのかも知れないし、会社の仕事から一歩引いていた母の愛子が、今では“愛子大姐”として、中国から来た技術者たちの専属通訳兼世話役のような形で会社に貢献しているというのも、純治の気持ちを変える大きな原因の一つであったと思われる。

そんな時、行政書士の双葉梓が、ある提案を持ってきた。

今E社に関係している人たちには、遅くとも2年後までには実現したいと考えているビジョンが数々ある。

省吾は第一線を退いて愛子と、そして別府と福岡と大連という広範囲で急に増えた可愛い孫たちとの余生を楽しみたいと思っている。

正泰は純治を一人前の経営者に育てたいと思い、純治もそうなれることを願っている。

本多拓斗は工場長の後継ぎを育てて退職し、妻と世界一周旅行に行きたいと思っている。

啓太はレストラン経営に専念しながらも、外部からE社を応援したいと思っている。

付け加えるなら、外部に居る蛯沢充子も蛯沢映子も、E社と“キング”が元気で存続してくれている方が、何かと都合が良い。

そして香織は一日も早く夫が待つ北京に帰りたい。

つまり、2年後までにはE社も蛯沢家も大きな転機を迎えることが分かっているのだ。

そのためには、株式が二つの蛯沢家と本多とに分散している今のE社の体制は将来的なリスクになるし、本多が理事長を務めている一般社団法人エビサワマニアも後継者を決める必要がある。

そこで双葉の提案は、2年後の本多の退職を機に、今は省吾、映子、正泰、本多の4人が持っているE社の株式を一般社団法人エビサワマニアに売却して、理事長を当面は省吾、将来的には正泰を経て純治にし、E社自体を一般社団法人で経営してしまおうというものである。

そうしておけば、かつて怪しい関西弁のコンサルタントが本多と映子に“E社の乗っ取り”を薦めたというような事態は永遠に回避できる。

一般社団法人には“株式”というものが存在しないので、もう相続とは関係がなくなって誰のものでもない法人となり、まさに“エビサワマニア”が“エビサワマニア”のためにする事業の母体となり得るのだ。

一般社団法人という制度は、我が国で導入されてからまだ日が浅く、あまり周知されていないが、実に便利な使い方が数々存在する。

双葉は、この機会に、省吾が以前に作った実に素晴らしい付言事項が書いてある遺言書はそのまま残すとして、信託契約書の方は見直すことにした。

信託をすると、本人が認知症などになっても“受託者”が代わりに契約や株式の議決権行使などをしてくれるので、E社の株式については映子と本多の所有分も含めて一般社団法人を受託者として信託することにし、いずれこの受益権を一般社団法人に売却することになる。

以前に怪しいコンサルタントの蒲池肇が作っておいてくれた信託契約書が、思わぬところで役に立つことになるのだ。

また信託の“受益権”は相続とは関係なく自由に誰にでも与えることができ、かつ“次の次”まで決めておくことも可能なので、各自の希望に合わせて契約内容を設計することになる。

こうしてE社と、“もう一つ”も含む蛯沢家の将来に対する設計は着実に構築されることとなった。

(つづく)