しらしんけん/何日君再来

~一途な愛と変わらぬ情熱の物語~ 連載第25回

第4章:走行融合(Zǒuxiàng rónghé) 第5話

蛯沢正泰が横浜重工を退職して、母の住む実家に、家族と一緒に戻ってきた。

“もう一つの蛯沢家”を訪ねた中岡香織に、正泰は笑いながら言う。

「私は家族とは別行動で、バイクで東京からここまでブッ飛ばしてきたのですが、玄関で母に見付かってしまって、エビサワマニアであることがバレちゃいましたよ。」

おそらく、正泰は故意に母に知らせたのであろうと香織は思った。

「母の気持ちもありますから、すぐには難しいですが、いずれはE社にお世話になりたいと思いますので、その節はよろしく。それまでは横浜重工とのコネを使って、裏から協力しますよ。」

香織は早速、蛯沢純治と本多拓斗に、同じ“エビサワマニア”の仲間として、改めて正泰を紹介することにした。

プロである純治と本多にとっても、正泰の愛車“ヨコハマYPZ1300エビサワ改”は、なかなか良くできた作品らしく、香織が理解できない専門用語で三人は勝手に盛り上がっている。

正泰は、母への体面もあるので、しばらくは地元に数ある温泉でゆっくりと体を休め、大企業の派閥争いの垢をすっかり落としたということにした後で、時期を見てE社に入社してくれると約束してくれたのであった。

蛯沢充子は後日、正泰の入社に反対しないための条件として、完全週休二日と“重役出勤”を認めさせることは忘れなかったが、今は亡き蛯沢正治専務の時代とは違って、インターネットや社内の管理システムなどが発達しており、常勤役員になったとしても過剰労働にはならないので、何の問題もないのだ。

そういったことで、映子も最近ではすっかり香織を親戚として受け入れてくれるようになってきたし、“もう一つの蛯沢家”との融合を果たすことはできたと思っている。

香織の母が営む小料理屋では、香織と啓太が、充子が話す“キングとクイーンの悪口”で盛り上がっている。

少し前、充子は啓太が開業したイタリアンレストランに招かれ、香織と一緒に啓太との再会を果たしているのだ。

10年前、啓太に対して不用意な言葉を吐いてしまって以来、3年前の香織の結婚式の時には遂に言葉を掛けられず、充子にとっては毎日がずっと悔恨の日々であり、この日も啓太の姿を見るまでは緊張の時間であった。

しかし、その緊張を解いてくれたのは、啓太のパートナーの渋谷真琴の真面目で真摯な人柄と、二人の養子になる予定の吾郎の可愛らしさであった。

そして今では、啓太一家とも打ち解けて、時々互いの店を行き来するようになっているのだ。

今回の愛子失踪事件は、単に熟年夫婦の痴話喧嘩のバカ話にされており、何処から情報が流れたのか、省吾の携帯の着信音“何日君再来”が、愛する人に逃げられた情けない男の愚かだが一途な想いということで、賛否両論の噂となっているらしい。

もちろん、あまり世間との接点のない省吾は知らないことであるが。

愛子は相変わらず、世間の誰が何を言おうが全く関係なくマイペースで、地元テレビ局の通販番組のモデルとして毎日のようにテレビで見かけるようになっている。

充子の話が落ち着いたところで、香織は啓太に言う。

「そろそろお父さんとも和解したら?」

啓太も分かっていたようである。

「シブちゃんとも話をしているんだ。レストランも開店できたし、吾郎との養子縁組が決まったので、今度3人で挨拶に行くよ。」

数日後、啓太は、パートナーと“息子”とを連れて、父の所に向かうこととなった。

省吾は初めて目にする“同性カップル”に驚くが、充子と同様に、渋谷真琴の優しく紳士的な態度や話しぶり、そして養子に迎えるという吾郎の可愛らしさを見て、遂に心を開くことになった。

「啓太、俺が悪かったわー。許しちくりい。」

この言葉には、10年を経て発せられた重みがあった。

以後、啓太は度々、吾郎を連れて別府を訪れ、時には純治に会社についてのアドバイスをしてくれるようになったのである。

本多理事長の工場には、鄭征董からの推薦で三人の中国人技術者がやってきた。

彼らは既に中国で相当な技術を習得してきているので、本多が持つ特殊な技術を伝承するに値するレベルを持っていたし、本多が拙い中国語で話そうとすることに、彼らは好感を持ち、信頼してくれるようになった。

ただ、本多の話す中国語のレベルでは、なかなか彼らに日本語の深い言葉の意味までは伝わり難く、最初は香織が通訳を手伝っていたものの、工場までの距離が30キロ程あるので、徐々に香織の時間が取れないという問題が発生してきた。

そんな時、これまで一切E社の仕事にタッチしようとしてこなかった愛子が、突然に香織に連絡して来る。

「私が九重工場に行って、通訳と技術者たちの住む独身寮の世話役を務めましょう。」

美しくて優しい“愛子大姐(àizi dàjiě)”が近くに居ることによって、技術者たちも、ついでに本多も毎日上機嫌になった。

香織から見れば、愛子が作る料理は、お世辞にも美味しいとは思えないのだが、技術者たちは最高のご馳走と思っているようだ。

程なく彼らが育ち、いずれは“工場長の後継ぎ”ができるのであろう。

本多は香織に言う。

「これで2年後にはうちのと世界一周の船旅に出掛ける目途が立ったわー。香織専務と愛子さんのおかげや。我非常感激(Wǒ fēicháng gǎnjī)。」

(つづく)