しらしんけん/何日君再来
~一途な愛と変わらぬ情熱の物語~ 連載第16回
第3章:変動 第3話
省吾は躊躇いながら話し始めた。
「実は俺、この会社ができてから、蒲池先生に言われて、売上の中からちっとずつ現金を抜き取って隠し金を作りよったんやけど、積もり積もって数千万円になっちょったんや。」
どうやら、正直な省吾社長は、蒲池肇の脱税指南にも乗ってしまっていたようである。
実は、こういった話も、双葉が専門家の立場でもって聞いて知ってしまうと非常に難しい判断を迫られることになるのだが、ここは重要な情報を得るためと割り切って、続きを聞いてみることにした。
「その現金を、台所の床下に作った隠し場所に金庫を置いて保管しちょって、金庫の鍵とダイヤル番号を書いたメモは、それぞれ別の場所に置いちょったんやけど、ある日に金を入れようとして開けてみたらカラになっちょったんや。」
省吾は、蒲池が居なくなった今でもなお、脱税のための現金隠しを続けていたようだ。
それでも双葉は、省吾に全てを話してもらうため、頷くだけにして、口を挟まないで黙って聞いている。
「金庫の隠し場所も、鍵とダイヤル番号の保管場所も、愛子以外には誰も知らん筈なんや。
でも、愛子にはさっきの遺言書の存在を伝えちょったけん、この金も俺の死後は自分のもの
になるっち愛子は知っちょった筈やけん、まさか今ん段階で愛子がごげなことをする訳が
ねぇっち思ったんや。それで俺は暫く何(なん)も言わんかったんやけど、考えに考えた末、
2ヶ月前に会社の社長室で愛子を問い詰めたんや。そしたら愛子は何(なん)も言わんで出
て行って、それっきりになったんや。」
ここでようやく双葉が口を開いた。
「それで警察に捜索願とかを出されたりせず、内々にしておられたのですね。」
「そん通りや。この金の存在が知れるとマジいやろ?」
「それはまぁ、そうですよね。で、これからどうされるおつもりなんですか?」
俺は何か深い事情があるっち考えちょんのや。だけん愛子は必ず帰ってくるっち。金なんかどげでんいいんや。愛子さえ帰ってくれば・・・。」
省吾が遺言書の付言事項に書いていた言葉に偽りがないということを、改めて双葉は認識したが、脱税とか行方不明とか、個人の問題としてだけで解決できない要素が含まれているだけに、慎重に言葉を選んで省吾に言う。
「では、お金のことよりも、愛子さんが帰って来られることを一番に望んでおられるということですね?」
「もちろんや。もし愛子が帰ってきたら何(なん)も言わずに許しちゃるつもりやけん。」
「愛子さんの行先に心当たりは?」
「愛子の両親は早くに亡くなっちょって、兄弟も一人もおらんし、親しい友達みたいな人物
がおったような気配もねえし、まさか何日も何ヶ月も帰ってこんなんか最初は思わんかっ
たんや。」
「いろいろお調べにはなったのですか?」
「実は最初は、愛子が前の夫やった蘇劉韋ちゅう人と住んじょったことのある香港に行ったんやねんかっち思って調べてみたんや。でも蘇劉韋ちゅう人物はずっと昔に亡くなっちょって、もうそっちには縁がねえっち分かって、今は何処とも分からんのや。でも携帯電話を掛けると留守番電話になるけん、事件や事故に巻き込まれちょんちゅうことはないっち安心はしちょんのや。」
愛子がどうして金を持ち出して失踪したのか、今は謎であった。
しかし、この地域では目立って派手な存在の愛子であったから、その失踪は、いつしか人の口の端に上るようになり、噂として広がってしまうのかも知れない。
それだけに、金銭が絡んでいるという事実が情報として洩れることだけは、何としても防がなければならないと双葉は思った。
もちろん、脱税という事実を専門家である双葉が知ってしまったことには問題があるが、それに関しては税務署に対して修正申告なりをすれば、最悪でも重加算税を取られるだけのことなので、それよりも愛子という省吾にとって何よりも大切な存在に対しての純粋な気持ちを優先すべきであると、双葉は考えたのである。
「分かりました。このことは香織さんたちには秘密にしておきますので、まずは愛子さんの行先の手掛かりを一緒に探しませんか。」
双葉梓は自分が見込んだ通りの専門家であったと、省吾は頷いた。
(つづく)