しらしんけん/何日君再来

~一途な愛と変わらぬ情熱の物語~ 連載第17回

第3章:変動 第4話

蛯沢純治が中岡香織に相談があると慌てて連絡してきた。

「姉さん、ママと連絡が取れたにぃ!」

純治は愛子のことを今でも“ママ”と呼ぶようだが、愛子にはその呼ばれ方が似合っていると香織は思っている。

純治が続ける。

「鈴華の出産予定日が決まったけん、ダメ元でママの携帯電話にコールしてみたら、少しだけなんやけど、話ができたにぃ。」

「良かったわね!」

純治の嬉しそうな声を聴いて香織も心から嬉しく思ったが、それよりもようやく愛子の消息が分かりそうなことに、香織は期待をしていた。

愛子が姿を消してから約2ヶ月、純治も省吾と同様、愛子に何度電話をしたか分からなかったが、携帯の電源が切られていないことで、純治も愛子の無事を信じていたのだろう。

「ママは元気そうやったんやけど、何処におるかは教えてくれんかった。」

「そうなの・・・。」

香織は、やはり愛子は省吾との間で何らかの問題が起きていて、簡単には戻ってくることができないのかと考えていた。

純治が話を続ける。

「でも何かザワザワしちょん場所で、日本語じゃねえような言葉が聞こえよったけん、姉さ

んに聞いてもらおうっち思って。」

「純治君、録音したのね!」

「うん、最初は慌てちょったけん気が付かんかったけど、最後の方のちょっとだけ録れちょんのや。」

香織はすぐに純治の所に行き、携帯電話の録音を聞いてみた。

「これは中国語よ。大勢の人が居るようだから、空港とか駅とかかもしれない。」

純治は言う。

「やっぱり香港なんかなー。」

純治も香織も、最初は愛子は香港に行ったのではないかと考えていたが、愛子の前の夫であった蘇劉韋が死亡してからもう25年以上が過ぎており、今は知人も居ないということが判明して、その可能性はないと思われていたところであった。

また、中国語が分かる香織は、微妙な発音の違いが聞き取れるので、この電話の場所が香港でないことは分かっていたようだ。

「いえ、会話が綺麗な北京語の発音みたいだし、英語の人が混じっていないようだから、香港ではないと思うわ。」

香織は録音を何度も聞き直して、どうやらここが駅であると分かってきた。

そして、鉄道の行先案内の声などから、中国に住んでいた頃の記憶を辿って言った。

「もしかして、旅順(Lǚshùn)じゃない?」

そこで、純治が思い出したように言う。

「そうかも知れんなぁ。旅順なら、ママが行く可能性があるわー。」

「えっ、そうなの??」

「旅順は大連(Dàlián)の近くやろ。大連には鄭さんがおるし。」

「でも、愛子さんと鄭さんは、鄭さんが会社見学に来た時に一度会っただけでしょ?」

「思い出したんだや。鄭さんとママが中国語で話しよんのを見たことがある。」

「確かに、愛子さんは中国語が話せるから、鄭さんと会話するというのは分かる気がするけど、それだけの縁で大連まで行くかしら?」

「そりゃそやな・・・。」

「それに、もし鄭さんが愛子さんの居場所を知っているのなら、お父さんに隠す理由はないんじゃないのかな。」

「せやな・・・。」

「鄭さんのことはともかく、この電話はほぼ間違いなく旅順からだから、愛子さんがそのあたりに居ることは間違いないでしょう。」

「姉さんから、鄭さんに連絡してみてくれんかなー?」

「そうね、仮に私たちが鄭さんに連絡するとして、いったい何をどう言い出せばいいんだろうね。」

「せやな・・・。」

「それと、お父さんにどう言うかだわ。」

「・・・。」

ママと連絡が取れて飛び上がるように喜んでいた純治は、段々と弱気になってきているようで、香織はこれではいけないと思い始めていた。

「分かったわ。このこと、双葉先生に相談してみることにするよ。」

香織は、このことを鄭征董にどう問い合わせるか、そして事実を父に告げるべきか否かという問題を、こういう時に一番頼りになる双葉梓行政書士に相談してみることで、純治を安心させられると思ったのである。

もちろん、百戦錬磨の双葉にとってさえも難しい問題なのかも知れないが、香織は、電話に出た愛子が、純治の彼女に子どもができたことを喜んでいたと聞いて、それについては嬉しく思っていた。

(つづく)