しらしんけん/何日君再来

~一途な愛と変わらぬ情熱の物語~ 連載第13回

第1章:それぞれの想い 第6話

蛯沢純治と蛯沢省吾、30分以上の無言の睨み合いを経て、ようやく話は付いたようで、純治の恋人の花宮鈴華は人工妊娠中絶をしないで出産することに決まった。

もちろん、省吾は20歳の純治のことを子どもとしか思っていないし、ましてや17歳の女の子が母親になるなんて非常識だという認識ではあったが、最後は息子の“しらしんけん”さに、父としては敢えて負けて引き下がってやるしかなかったのだろう。

しかし、鈴華の出産予定日が決まった後は、孫を待つ祖父の気持ちが急に芽生えてきたのか、愛子が居なくなって以来ずっと続いていた不機嫌な顔が、時折ではあるが緩むようになっている。

最初に純治から相談を受けた立場である中岡香織には複雑な想いもあったが、膠着状態になっていた自分の周囲が、先日の正泰との出会いも含めて、徐々に動き出しつつあることを嬉しく感じていた。

そんな時、香織は兄の蛯沢啓太から招かれて、福岡市にある啓太が間もなく開店するイタリアンレストランを見学した後、啓太とパートナーの渋谷真琴が暮らすマンションを訪問することになった。

啓太が父のもとを去って福岡に行った後、福岡市が“パートナーシップ宣誓制度”という、不十分とは言え同性カップルの存在を認める制度を導入するという幸運な改正があり、啓太は正式に同性カップルとして届出をして真琴と同居している。

真琴は福岡市内で美容院を開業している有能な美容師であるし、10歳ばかり年下の啓太を大切に想ってくれているようで、香織は以前から好感を持っていた。

しかし、今回は別のことで驚くことになる。

啓太に連れられて行ったマンションで、真琴は7~8歳くらいの男の子と楽しそうに遊んでいるのだ。

「香織さん、こんにちは。紹介します。今度私たちの息子になってくれる予定の吾郎君です。」

「??」

香織は暫く言葉が出ない。

啓太が妹に言って聞かせるように話す。

「この子は、小さい頃に両親が台風被害で亡くなられてしまって、ずっと施設で育ったんだけど、養子縁組できるよう手続きを進めているところで、もうすぐ正式に俺たちの息子になってくれるんだよ。俺とシブちゃんの二人が親なんだ。」

親子三人は全員が男性なのであるが、香織は全く家族としての違和感は感じなかった。

このことを知って、父の省吾がどう言うのか想像も付かないし、啓太との和解を願っている母の充子がどう感じるのかも分からないが、図らずも蛯沢家には同時期に二人の孫が新たにできるということになる。

暫くは真琴を含めて仲の良い家族のように歓談していたが、真琴が気を利かせてか吾郎と外に遊びに出てくれた。

そのあたりにとても気が回るのも、真琴の素晴らしい部分だと、香織は思っている。

真琴と吾郎を見送った後、啓太が兄の顔に戻って香織に言う。

「香織には会社と親父の世話を押し付けてしまって、本当に申し訳ないと思ってるよ。でも俺もいよいよ来週からレストランのオーナーシェフだし、もう元には戻れないと思う。」

「それはそうだわね。私もいろいろと考えてはいるんだけど、なかなか良い方法が思い浮かばないの。」

「そうだな、親父は頑なだから。」

「でもね、兄さん。実は純治に子どもができるの。」

「えっ?」

香織は、妻の愛子が居なくなってから、ますます頑なになって行った父が、初孫の誕生を知って変わりつつあるという話を、一通り啓太に話した。

「兄さんの方にも孫ができるということなんだし、いずれは会いに行ったらと思うのだけど。吾郎くん、あんなに可愛いんだから、気に入られると思うんだ。」

「そうだな、もうあれから10年だもんな。そろそろ考える時が来たのかも知れないとは思う。香織、悪いけど親父の様子を見て、会えそうな雰囲気が出てきた時には、上手く話を進めてくれるかな。」

「お母さんも、兄さんに謝りたいって、いつも言ってるよ。」

「じゃあ、レストランが開店したら、俺から母さんを招待することにするよ。母さんはあんな性格だから、自分から謝るってのは嫌だろうし、連れて来てくれたら、俺が上手くシブちゃんと引き合わせるよ。」

「兄さん、気を遣ってくれて、ありがとう。」

「何時までも意地を張っていても仕方ないよな。俺たちも大人になったんだから、年寄りたちには譲歩してあげるべきなのかも知れないと思うようになってきたんだ。」

香織は本当に嬉しい気持ちだった。

そして、話が途切れた時、啓太が言った。

「ところで、正泰おじさんが東京から帰ってくるんだって、知ってたかい?」

そう言えば、啓太は正治の下で長く働いていたので、正泰とも親しい関係だったのだ。

香織は先日、正泰と会って、改造バイクの写真というメッセージを見せられたことを告げる。

「もし正泰おじさんに何か頼むようなことがあるなら、俺に言ってくれ。繋いでやるから。」

香織は、縺れている糸を解きほぐすための希望をまた一つ得たような気がしていた。

(つづく)

 

登場人物紹介(第13回)

・渋谷真琴(しぶや・まこと 46歳)

蛯沢啓太の同性パートナーで、福岡で美容院を経営している腕の良い美容師。

啓太とは福岡市の制度を使って、正式に“パートナーシップ宣誓”をして同居している。

 

・掛川吾郎(かけがわ・ごろう 8歳)

両親が台風被害で死亡し、施設で育てられていたが、縁あって渋谷真琴と蛯沢啓太と養子縁組をする話が進んでいる。