しらしんけん/何日君再来

~一途な愛と変わらぬ情熱の物語~ 連載第14回

第3章:変動 第1話

蛯沢省吾は、自宅に行政書士の双葉梓を招いていた。

2年前に本多拓斗を一般社団法人の理事長にすることで中岡香織との微妙になりそうであった関係を調整し、1年半前にはE社の中国への進出をサポートするなど、法律知識と人生経験とを生かした双葉の鮮やかな仕事ぶりを省吾は気に入り、その後は様々なことを相談しているのである。

しかし、いつもはE社の社長室での面談なのに、今日に限って省吾の自宅を指定されたことで、双葉は省吾からの相談が香織たちには知られたくない個人的な内容であると想像していた。

省吾は双葉に対しても、家族や会社関係者に話すのと同様に地元言葉なのだが、大分人でない双葉には、少しだけゆっくりと話してはくれる。

果たして、省吾の相談は双葉の予想通りのようだ。

「今日は双葉さんにしかできん相談やけん、こっちに来てもらったんや。」

「やはりそうでしたか。」

まず省吾は、双葉にA4サイズくらいの大きな封筒に入った2種類の書類を出して見せた。

封筒の表題には“公正証書”と書いてある。

双葉は書類を受け取って封筒から取り出し、まずは書類のタイトルと日付を確認した。

「これは、遺言書と信託契約書ですね。」

作成された日付は、遺言書は8年前、信託契約書は3年前となっていた。

「どっちも、双葉さんに関わってもらう前に作ったんや。香織や純治には知らせちょらんけん。」

「どうしてこのような文書を?」

「啓太がここを出でいってから、香織が戻って来るまでの間、俺は自分の財産を全て愛子に継いで欲しいっち思っちょったんやけど、何も文書とかを作っちょらんかったら、啓太と香織、それに純治も巻き込んで相続争いになると、愛子が困るやろうっち思って作ったんや。」

「遺言書はともかくとして、3年前の段階で信託契約書を一般の方がお作りになるのは珍しいと思うのですが、どなたかの指導を受けられたのですよね?」

「双葉さんと知り合うまで、会社関係のいろいろな事をお願いしちょった先生に言われて作ったんや。」

そう言えば、双葉が関わるようになる直前に、香織を紹介してくれた生命保険会社の担当者から、“E社に怪しいコンサルタントみたいな人物が出入りしていて、社長がすっかり信用してしまっているみたいです”という言葉を聴いたことがあったので、双葉は敢えて聞いてみた。

「どんな先生だったのですか?」

「双葉さんみてぇな行政書士とかじゃねぇで、確か総合法務コンサルタントS級資格者とかゆって、とにかく何でん相談できるオールマイティな資格を持っちょんとかで、法律から税金から人事労務から経営から生命保険まで、ホントに何でん相談に乗って貰っちょったんや。」

「まさか、蒲池肇??」

「知っちょんのかい!」

蒲池肇は、双葉たち国家資格を持つ専門家の間では有名な人物で、勝手に“総合法務コンサルタント”なる資格を作って、全国各地で活動していたが、ちょうど2年程前に私文書偽造と弁護士法違反とで逮捕されたとの噂を聞いたことがあった。

双葉が、よ・つ・ばグループという全国組織で一緒に活動している里田君雄という北海道の司法書士から、蒲池肇の得意技は文書偽造で、運転免許証でも印鑑証明書でも大学の卒業証書でも、紙の書類である限り、あまねく何でも作れると豪語していたらしいと聞いている。

あくまでも、それは役所や大学などが作った“本物”であり、使う人は“知らなかった”という建前になるのではあるが。

双葉は戸惑いながら言う。

「えぇ、まぁ、知り合いというのではないのですが・・・。」

「蒲池先生と急に連絡が取れんくなって困っちょった矢先に、香織の紹介で双葉さんと出

会ったけん、本当に助かったわー。」

「えぇ、まぁ・・・。」

「ところで、蒲池先生は今はどこにおるん?」

「い、いえ、私は全く存じません。」

普段とは全く違う歯切れの悪い言葉遣いをする双葉であったが、省吾は気にもせずに言う。

「でも、双葉さんやったら蒲池先生の身代わりが務まりそうやけん、安心したでー。」

私文書偽造と弁護士法違反で逮捕された蒲池肇の身代わりと言われて、双葉は複雑な気持ちになったが、気を取り直して、二つの文書の中身を確認してみた。

「遺言書も信託契約書も、最終的には愛子さんに全財産を渡すという趣旨のように書いておられますが。」

(つづく)