リネージュ(Lineage)

~二つの会社と三つの家族の愛情物語~

第22回:LINEの世代

中村元彦と上川安子との関係は、元に戻ったようであった。

特に安子は、上川雅樹が日増しにしっかりしてきていることを喜び、とても元気になっている。

雅樹がマスクをしてまで小鳥を飼い始めたことには、少々辟易してはいるが。

元彦も、中村綾香から真田辰夫の話を聞いて、30年以上も胸につかえていたものが落ちたような気持ちになっているようで、毎朝たくさんの小鳥たちに餌をあげた後、メジロの潤ちゃんの囀りに癒されているようだ。

もちろん、潤ちゃんの存在は、以前より以上に外部には秘密なのだが。

双葉梓行政書士が発案し、S社とN社が総力で作り上げた新しい提携スキームに、新規融資ができなくなる越後第一銀行と、莫大な手数料が貰えなくなるお抱えの経営コンサルタントは、最後まで必死の抵抗を示した。

だが、大宮侑璃が作成した素晴らしい説明書と事業計画書の前に、理屈での反論は全くできず、最後は阪本武史監査役から越後第一銀行頭取宛に入った一本の電話という一種のセレモニーが決め手になって、新しいスキームは実行されることに決まった。

一般社団法人SNホールディングスの理事長となる上川安子と、“鳥さん事件”に配慮して代表権のない平理事という地位にとどまる中村元彦とは、ますます会う機会が増えて、関係を深めているようだ。

S社とN社では、建設部門と不動産部門についての人事交流や技術交流がスタートし、いずれは一つの企業体となるための準備が進んでいる。

N社の窪塚健一専務は、両社の提携が正式に始まるタイミングでもって退任し、別の不動産会社に移籍することになっているが、自分が抱えてきたN社の闇の部分を自分の手で処理できて、綺麗な状態にして去れることを喜んでおり、当然だが雅樹への虐めなどは全くなくなって、むしろ今後も外部からN社と雅樹を応援したいという姿勢になっている。

「雅樹君、もし社長になってから困ったことがあったら、いつでも相談に来てくれたまえ。ややこしい話なら大抵のことは何とかできると思うから。これからの上川家のためにも、とにかくN社に汚い要素を入れてはいかん。」

「大丈夫です。我がグループには優秀な人材が沢山おりますし、阪本先生や双葉先生もいらっしゃいますから。」

「雅樹君、あの時は越後原発なんかに行かせて申し訳なかったな。」

「いえ、今になって思えば、本当に良い経験でした。あのことがあったからこそ、多少の苦難には負けないという気持ちが生まれました。それに越後原発LINEグループのおかげで、普通に勤めていたら絶対に知り合えなかった“社会経験の豊富な友達”の人脈ができまして、今回社長になるにあたって連帯保証人を引き受けるのですが、“破産が怖くて社長ができるか!”っていう友達の励ましの一言で決断できたんです。ですから窪塚専務には感謝の気持ちしかありません。ありがとうございました。」

雅樹の成長を、自分の息子のことであるかのように喜ぶ窪塚である。

誰もが喜んでいるS社とN社の連携、そして元彦と安子の関係であったが、ただ一人、中村綾香だけはとても複雑な心境であった。

まだ雅樹とは恋人関係には戻っていないし、戻ろうという気持ちにはなかなかなれないのである。

しかも、自分と雅樹とが恋人関係であることについては、両社の関係者のほとんどが知ってしまっているのに、その関係が微妙になっていることを知っている者は誰も居ないのだ。

他のことであれば、綾香は何でも“阪本の伯父様”に相談するのであるが、阪本は綾香と雅樹の交際を心から喜んでくれていたので、こればかりは言い出しにくいのである。

そんなことを思っている中、遂に綾香が恐れていた相談を元彦からされてしまった。

「綾香、私はいよいよ安子さんと結婚することにしようと思っている。そして、どうせなら両社の提携が正式にスタートする日に結婚式を挙げて花を添えたいと思っているのだが、この際、綾香と雅樹さんも一緒に式を挙げないか?親子二組と会社二つが同時に結婚するなんて、世間の凄い話題になって、両社の売上も急上昇間違いなしだと思うよ。」

「お父さん、気持ちはとっても分かるんだけど、ちょっとだけ待って欲しいの。」

綾香は、雅樹との関係が、雅樹が原発の現場に行って以来ずっと冷えていること、しかし最近では雅樹がしっかりしてきたので綾香は見直しかけていること、そして本当は仕事とは関係なく好きか嫌いかを判断すべきなのに、ついつい仕事とプライベートをごっちゃにして考えてしまう自分が居ることなどを、包み隠さず父に告白した。

元彦は、出生の秘密からずっと続く、これまでの娘への想いや、亡き妻への想い、そして真田家への想いなどを頭の中に駆け巡らせながら、改めて綾香の顔を見つめながら言う。

「申し訳なかった。私の方こそ仕事とプライベートとをごっちゃにしていたようだ。綾香の人生は綾香の人生、雅樹さんの人生も雅樹さんの人生だ。私や安子さんが口を挟むべきものではなかったのに、そのあたりの分別を忘れてしまっていたよ。」

こうして、親子4人の合同結婚式という元彦と安子の夢は潰えたが、還暦を迎えた二人の婚約発表と二つの会社の提携決定は、世間や業界において大いに話題となり、元彦の思惑通り、両社の売上はアップした。

間もなくして、綾香は希望通り不動産の仕事を思う存分やることができるようになるし、雅樹は現場の経験を生かして建設の仕事を取り仕切ることができるようになる。

もちろん、役職上では専務取締役として綾香と雅樹の下の地位にはなるが、長い経験を持つ松本俊郎と山田政二という心強い役員が付いてくれること、さらに何かあった時に頼りになる阪本武史監査役や、外部に出るとは言え常に気にしてくれている窪塚健一元専務、さらに外部には知識も経験も豊富な双葉梓行政書士が居ることが、綾香と雅樹にとって安心できる環境を、両社の提携後に作り出せるであろう大きな要因であった。

大宮侑璃は、ホールディングスの方に移籍して、綾香と雅樹という両社の代表取締役の秘書を兼務することになっており、グループLINEとZOOMミーティングという、旧世代には理解できない仕組みを駆使して意思疎通を図る予定のようだ。

素直に喜んで、財布の中の現金を多めに持っておこうと考えている雅樹とは違って、綾香は何だか侑璃に自分の心の揺れが読まれてしまいそうな気がしていたが、それも経営者の宿命であろうと納得するのであった。

(つづく)