リネージュ(Lineage)

~二つの会社と三つの家族の愛情物語~

第21回:次の時代

中村綾香は、松本俊郎専務と相談した上で、早速N社から山田政二常務と上川雅樹とを呼んで、双葉梓行政書士にスキームの説明をしてもらうことにした。

中村元彦と上川安子、そして阪本武史監査役には後で説明することにして、まずは現場サイドを仕切る人たちの間で合意を取っておこうと考えたのである。

双葉行政書士の説明は分かり易いものではあったが、ホールディングス方式で2つの会社を再編するというスキーム自体が最初から複雑な内容であるし、親愛信託とか一般社団法人といった聞き慣れない言葉も入っているので、山田常務と雅樹にとっては、いきなり言われても難しい仕組みではあった。

しかし、どうやらN社側から山田常務の秘書として一緒に来ていた大宮侑璃が一番分かっているようで、いろいろと双葉に的確な質問をしている。

「双葉先生、一般社団法人に株式を信託した場合の議決権の行使について、現株主の意向を反映させる方法はあるのでしょうか?」

「もしそういうニーズがあるのであれば、指図権とか同意権といった権利を信託契約書で作っておくことも可能ですよ。」

「それでは先生、課税の関係ですが・・・。」

他の誰もが知らないような知識を、どうやら彼女は持っているらしく、双葉も感心しているようだ。

「もしかして、この人が雅樹さんが言っていた“100%信頼できる優秀な部下”なのかしら? でもこんなスリムな子が“食欲が5倍”って??」

“その部下と食事に行くと、いつも僕の財布は空っぽになるんだよ”と、とっても嬉しそうに話していた雅樹の顔を思い浮かべながら、まさかとは思いながらも、綾香の心に湧いてきた、知性と美貌そして若さと食欲をも併せ持つ侑璃に対しての言い知れぬ嫉妬心が、綾香にとっては新鮮な感じであった。

松本専務も、山田常務に言っている。

「御社には優秀な人材がおられるのですね。感心しました。」

「いや、実は私も今日まで気付きませんでした。」

山田常務も驚いているようだ。

おそらく侑璃は、上川安子から依頼された“スパイ業務”を実行するために、専務と常務の前では単なる可愛いだけの秘書を演じていたのであろう。

「株主である中村元彦さんと上川安子さん、そして阪本武史さんにご納得いただければ、あとは銀行を説得するための説明方法を考えるだけということになりそうですね。」

双葉の言葉に、雅樹は答える。

「このような筋の通った内容の話であれば、母は説得できると思います。」

とてもしっかりした言葉に、綾香は感心したが、雅樹がチラっと侑璃の方に目をやったことを見逃さなかった。

綾香は、侑璃のことはともかく、自分が今思っていることを口にする。

「父は、あの事件以来、会社のことは私に一任してくれていますし、阪本監査役は反対しないと思いますから、ご安心ください。あとは銀行だけですね。」

そこで侑璃が発言する。

「このスキームを実行したとしても、銀行は新規の融資こそできないにせよ、債権債務関係や担保保証関係については現状と何も変わらない訳ですから、少なくともデメリットはない筈ですし、理に叶った説明さえすれば反対することはできないものと思います。もし皆様が構わなければ、私が両社の立場でもって、双葉先生のご指導を受けながら、銀行に出すための説明書や事業計画書などを作成させていただきたいのですが、如何でしょうか?」

侑璃の堂々たる言葉に、誰も異論を差し挟むことなどできない。

あまりにも立派な侑璃の態度に、これではとても雅樹ごときが太刀打ちできないであろうと、先ほどまでの嫉妬心は吹き飛び、綾香はかえって安心するのであった。

その夜、雅樹は安子に、綾香は元彦に、今日の話を説明しに行った。

雅樹は母に言う。

「ママ、今日ね、綾香さんの知り合いの凄い先生から、新しい方法を教えて貰ったんだよ。これだと借金を増やしたり、余分な税金を払わなくても、二つの会社が提携できるんだ。」

雅樹の、難しいことは分かっていないなりの、しっかりとした説明に、安子はとても安心した。

「マー君がしっかりしてくれて、ママは本当に嬉しいよ。」

「ママこそ、聞いてくれてありがとう。あとは元のように元気なママに戻って欲しい。」

「ありがとう。じゃあ元彦さんに連絡してみるよ。新しい一般社団法人の理事長と理事になるみたいだからね。」

「それからママ、大宮侑璃さんを入社させておいてくれてありがとう。本当に助かっているよ。食事代は大変だけど。」

その頃、綾香は元彦と話していた。

会社関係の説明を終えた後、綾香は思い切って切り出した。

「実は、真田辰夫さんと会ってきたの。」

思いも寄らなかった名前を耳にした元彦は、驚愕の表情を見せる。

綾香が戸籍を調べて自分の出生の秘密を知っていることは薄々感じていたものの、まさか反社会勢力と言われている真田辰夫と綾香が会うなどとは思ってもいなかったのである。

そして綾香は、今の真田の状況と、その言葉をしっかりと父に伝えた。

「真田辰夫さんは、心から反省して、中村元彦さんに会って謝罪したいと言っておられたわ。でも、その気持ちは私が受けてきたから、お父さんは彼を赦してあげて。」

「いや、私の方こそ、真田さんには申し訳ないことをしたと今でも思っている。だからこそ綾香を大切に育ててきたつもりだった。こんなに見事に成長した綾香と会ったのなら、真田さんも私の気持ちを分かってくださったことだろう。」

綾香は、これで真田家と中村家という二つの家族が、今まさに神から赦されたと心から思った。

(つづく)