リネージュ(Lineage)

~二つの会社と三つの家族の愛情物語~

第20回:ホールディングス

S社とN社との提携話は着々と進んでいる。

現時点では、先日に上川雅樹が中村綾香に言っていた通り、S社は新潟市本社の建設業、N社は長岡市本社の不動産業の会社となり、互いに支店を置き合って両方の事業を展開し、両社の株式を全て、中村家と上川家が折半で出資して新たに設立する“株式会社SNホールディングス(H社)”と呼ばれる別会社に移転し、全体を一つのグループ企業にしようとするものである。

そして窪塚専務が退任することから、H社の代表取締役には上川安子、“鳥さん事件”に配慮して平取締役に中村元彦、監査役には阪本武史が、S社の代表取締役に中村綾香、専務取締役に松本俊郎が、N社の代表取締役に上川雅樹、専務取締役に山田政二がそれぞれ就任予定というところまで決まってきた。

しかし、この方法だと、S社とN社の全株式をH社が取得しなければならないばかりではなく、各社が融資の担保として差し出している不動産も全てH社名義とするために所有権移転する必要があるということなので、H社が越後第一銀行から多額の融資を受けなければならず、かつ赤字会社であるN社はともかく、優良企業であるS社の株式をH社に売却する元彦、松本、阪本には相当額の所得税、不動産を売却するS社とN社には法人税、不動産を購入するH社には不動産取得税と登録免許税が課せられ、税額だけでも数千万円に上るのである。

しかも、S社とN社が所有する不動産をH社に所有権移転するために、銀行が関連する不動産会社に数百万円もの仲介手数料を支払わなければならず、その資金も含めて数億円もの融資を銀行がH社に対してするというのだ。

S社の松本専務は、早くからこの方法では融資残高と税金が増えるばかりで、銀行と税務署だけが得をするのではないかとの疑問を呈していたのだが、さすがに仲介手数料の支払いはおかしいと抗議して撤回させたものの、全体スキームに関しては今のところ的確な代案が見付からず、銀行と銀行お抱えの経営コンサルタントの主導で話が進んで行くのを見過ごしている状況であった。

また、提携した先の将来についても、元彦と安子、綾香と雅樹が結婚するかしないかによって、かなり方向性が変わってくるものであり、今の段階では不安定感が否めない状況でもあるが、彼らの個人的関係については、松本専務を含め、あまり分かっている者が居ない。

それは当然のことで、当事者自身が、自分たちが将来どうなるのかを明確には決めていないのであるから。

綾香と松本専務は、お互い頭が切れる同士であり、話が合うようだ。

「綾香社長、越後第一銀行が提案してくるスキームは、どうも納得できない部分があるのです。」

「私もそう思います。そのまま進めると、ホールディングスが最初から億単位の借金を抱えてのスタートになりますし、父や松本専務も税金を取られるのでしょう?」

「そうなんです。必要があって税金が取られるのは構わないのですが、今の段階で私や阪本監査役が株式をホールディングスに売却する必然性を感じないのです。」

「それはそうですよね。」

「しかし、銀行に提案できるレベルの代案がなかなか思い付かないので。」

「分かりました。いろいろな情報を集めてみます。」

綾香は、大学時代の知人などを片っ端から当たって、さらに雅樹にも知人を当たってもらい、ある人物と知り合うことになった。

行政書士・双葉梓。

鮮やかな金髪を靡かせる彼女は、全国で多くの中小企業からの相談を受けて、関係者全員が納得する幸せな結論に導いてきたプロ中のプロである。

綾香は、双葉を自宅に招き、6時間近い時間を費やして、両方の会社のことはもちろん、雅樹との交際や出生の事情など、個人的な秘密なども含めた全てを明らかにした。

聞き上手の双葉は、いつの間にか綾香の心の中に入り込み、心地よく全てを話させたのであろう。

そして双葉はこう言った。

「御社の場合には、今後に流動的な要素が多過ぎますから、銀行が提案しておられるスキームでは、対応しきれないケースが考えられますし、何よりも債務と税金を敢えて増やす必然性を感じませんね。」

綾香は、自分とは桁違いの知識と経験を持つ専門家の双葉と、自分との考え方が一致していることを喜びながら、次の言葉を待った。

「親愛信託と一般社団法人を使うのです。」

「??」

二つの言葉は、両方ともに綾香にとっては、ほぼ初めて聴く言葉であった。

信託と言えば駅前にある大きな信託銀行のイメージしかないし、社団法人と言えば宅建協会とかの公益的な事業や医療法人社団とかの公共的なイメージである。

しかし、いずれの制度もここ10年くらいの間に法改正があり、以前とは全く違って、誰でもが自由に使える制度に変わっているのだが、まだ一般には知られていないのだ。

双葉の提案は、ホールディングスを株式会社ではなく一般社団法人SNホールディングス(H法人)として設立し、S社とN社の株式を売買でH社に移転するのではなく、各社の株主がそのまま権利を持った状態で、株式の名義のみをH法人に“親愛信託”という契約でもって書き換えさせるという方法である。

これであれば、各社への融資や担保に入っている不動産はそのまま各社に残り、H法人は新たに融資を受ける必要はないし、また税金も課されることがないと言うのだ。

「こんな手品みたいなことが可能なのですか?」

綾香が発した疑問は当然のことであった。

しかし、現在の信託法や一般法人法と呼ばれる法律の世界では、双葉の提案したスキームは何の問題もなく実現可能なのである。

しかも、一般社団法人と信託を使えば、財産権自体の移動がないので、今後に個人的な結婚や万が一の別れや突発事故などがあったとしても、自由自在に変更することさえ可能らしい。

さらに、一般社団法人には株式という財産権が存在しないので、将来的に一般社団法人自体が両社の株式を保有するようになれば、もう株式の相続で心配する必要もなくなるというのだ。

(つづく)

・双葉梓(ふたば・あずさ 45歳)

中村綾香が紹介の紹介で探し出してきた、全国で数々の中小企業の事業承継や組織再編等に携わってきた行政書士で、人生経験が深いのか、職業上の専門分野以外のことにも非常に詳しく、S社とN社のことでも新たな提案をしてくれている。