リネージュ(Lineage)

~二つの会社と三つの家族の愛情物語~

第15回:小さな位牌

元彦が居ない実家には、元彦と一緒に警察に連れて行かれてしまったメジロの潤ちゃんを除く大勢の小鳥たちが待っているので、綾香は実家に泊まらざるを得ない。

今は小鳥の放し飼い場所となってしまった部屋で、綾香は1年半ほど前に亡くなった母・依子のことを思い出していた。

若い頃は大工であり、その後は建設会社の社長となった中村元彦は、典型的な“土建屋の親方”であった。

だから経営のことは専務取締役の松本俊郎に任せ、何か問題が起きたら元県会議員であり監査役である阪本武史に泣きつきに行って、何とかここまで会社を発展させてきたのだが、おそらく家庭のことは二の次三の次であったのであろう。

昼間は現場で懸命に働き、夜は毎日のように出歩いて酒と女性に溺れるのが、元彦にとっては、ごく当たり前のような暮らしであった。

外で稼いでさえいれば、他の事は全て許されるといった、一時代前の男性経営者の発想であったのだろう。

そんな父の存在がありながら、出生の秘密を持つ綾香を、母・依子は自分の本当の子であるかのように可愛がってくれた。

実は依子は、綾香を養女に迎える数年前、長男の秀彦の出産の際に、秀彦の命と引き換えに自らの子宮を失っており、さらに秀彦がやっと3歳を迎えた時に、依子の不注意から生じた交通事故によって秀彦を失っているのだ。

綾香が小学生時代、仏壇に置かれた比較的新しそうな小さな位牌が誰のものであるか聞いた時、依子が悲しそうに秀彦の話をしたこと、そして“あなたの兄さんよ”と言った依子の言葉に言い知れぬ違和感を感じていたことを、今も鮮明に覚えている。

依子は、綾香に問われるがままに、綾香が生まれた日のことや乳児だった頃の話を作って、いわば嘘の答えを重ね合わせるしかなかったのだ。

そして、いつも優しく、笑顔を絶やさなかった依子が、実は綾香が養女であったという事実を告げた時に見せた表情に不信感を持ち、全部嘘だったと分かってしまった自分の幼少時についての母の話に絶望した日、それ以来、綾香と依子の関係は微妙な空気に包まれるようになってしまった。

綾香が三条市にある新潟明訓大学に進学した時に、通学可能な距離であるのにも関わらず一人暮らしを選んだのも、その後に東京の会社に就職したのも、その影響があったのかも知れない。

今にして思えば、自分が養女であると知った日から先、依子を母であると思いながらも、納得できない気持ちに苛まれ、母を亡くしてからは悔恨の情に苛まれているのだ。

夫の不倫の子であると分かっている綾香を育てる依子の気持ちはどんなだったのであろうか。

亡き母のためにも、自分が会社を守らなければならない。

綾香は決意して、珍しくLINEの通話機能を使って、上川雅樹に電話をした。

「父が不始末をしでかしてしまって、本当にごめんなさい。」

中村元彦逮捕の報を聞いて、雅樹は自分からは綾香に連絡ができなかったので、この電話を待ちに待っていたようだ。

「大変だったね。僕も小鳥さんが好きだから、お気持ちは分かるんだけど。」

「それよりも、今は私たちの会社の提携の話を、私たちが主導で進めなくてはならないと思うの。」

「実はママがあれから落ち込んでしまって、どうにもならないんだよ。一度会いに来てくれたら嬉しいんだけど。」

綾香は、実はこの電話でもって雅樹と仲直りをしても良いと考えていたのだが、やはり雅樹の“小鳥さん”とか“ママ”とかいう、綾香の気に障る言葉や、弱々しい声を聴いてしまうと、いつもの強気な綾香に戻ってしまうようである。

そして、もう誰にも頼らず、自分一人でこの難局を乗り切らなければならないと決意するのであった。

「分かったわ。今はお互いに仕事として、両方の会社のために協力し合いましょう。」

綾香が会いに行った時、上川安子の落ち込みようは、見るのも辛いくらいの状態であった。

安子は、元彦が鳥好きであることくらいは、鳥アレルギーである雅樹が、元彦と会う時にマスク姿だったことから薄々は分かってはいたが、まさか鳥が原因で逮捕されることになるとは、夢にも思っていなかったのであろう。

綾香は、安子に対して、しっかりした口調で言った。

「この度は父の不始末でご心配をお掛けして、本当に申し訳ありませんでした。父は暫くは表に出ることができないと思いますので、これからは私がサウザンド建装株式会社の代表者として、ノーススターさんとの提携を進めて参りたいと思っていますので、お母様にもご協力いただきたいのです。」

綾香は敢えて“お母様”という言葉を使ったのだが、それに喜んだのは安子よりも雅樹であった。

幸いなことに、その後の人の噂は、むしろ元彦に同情的なものが大多数であった。

確かに、単にメジロを鳴き合わせているだけで犯罪になるというのも変な話であるし、阪本監査役の力によって、元彦に反社会勢力との付き合いがないことが、少なくとも表向きでは証明されたのが功を奏したようである。

(つづく)