リネージュ(Lineage)

~二つの会社と三つの家族の愛情物語~

第14回:事件

合同結婚式の会場予約だけは先送りになっているが、S社とN社の提携話は着々と前に進んでいた。

中村元彦と上川安子が半分ずつ出資して “ホールディングス”と呼ばれる別会社を設立し、その新会社が越後第一銀行からの融資によってS社とN社の株式を全部買い取って兄弟会社として、各社への融資もホールディングスに纏めた上で、建設業についてはS社側がN社側の事業を引き継いで一本化し、不動産業についてはN社側が持っている免許を生かして、S社のある新潟市には支店を置いて事業を展開することになるらしく、要するにホールディングスでもって経営全体は一体化しながら、S社が新潟市本社で建設業、N社が長岡市本社で不動産業という分業体制になるらしい。

S社が優良企業でN社が赤字会社ということから、合併よりもホールディングス方式の方が良いという話なのであるが、頭の切れるS社の松本俊郎専務は、何だか銀行が追加融資をしたいだけの仕組みなのではないかとの疑問を持っており、まだ最終的には決定していないものの、そろそろ人事なども決まりつつあるようだ。

どうやら上に立つ存在であるホールディングスの役員に中村元彦と上川安子が就き、不動産業となるN社の社長に現専務の窪塚健一が、建設業となるS社の社長にやはり現専務の松本が就き、副社長に現N社常務の山田政二が就くという、バランス的な人事でもって、提携反対派の窪塚も納得するだろうというのが、越後第一銀行と銀行お抱えの経営コンサルタントの提案である。

両社の後継者である中村綾香と上川雅樹の処遇については、まだ相談はないが、おそらく役員として一緒に仕事をすることになるのであろう。

そんな時、突然に綾香の携帯電話に、警察署からの連絡が入る。

「署まですぐ来てください。お父様が逮捕されて、身柄をお預かりしています。」

「えっ!父が何か犯罪を?」

「来られてから詳しく説明しますが、鳥獣保護法違反の疑いです。」

そうだ、そう言えば今朝、元彦は“鳴き合わせ会がある”と言って、メジロの潤ちゃんを連れて、嬉しそうに家を出て行ったのだ。

メジロの鳴き合わせ会。

鳥好きの愛好家たちが集まって、各自が手塩にかけて育て上げた自慢のメジロを竹籠に入れた状態で舞台に上げ、その囀りの美しさを競い合うという、歴史ある伝統行事であり、メジロの囀りを計測する電子機器まで開発されている、一つの立派な文化である。

ところが、現在では鳥獣保護法によって野鳥であるメジロの一般人による飼育は実質的に禁止されており、違法行為となっているのだが、鳥好きの人は少なくはなく、アンダーグラウンドの世界では時々“闇の鳴き合わせ会”が開催されており、元彦は参加を楽しみにしていたのだ。

警察としては、鳴き合わせ会自体よりも、その場が反社会勢力の集合場所となり、不正な資金が動いているのではないかと考えており、鳥獣保護法違反という理由を使って取り締まっているというのが実状らしい。

綾香は以前からこのことを知っており、父が参加しているのをいつも気にしていたのであるが、母を亡くした父の唯一の楽しみを奪ってはいけないという気持ちで見過ごしていたのに、とうとう不安が的中してしまった。

警察も、一般人である中村元彦を罪に問う気持ちはないのであるが、運悪く鳴き合わせ会参加者の中に指定暴力団の構成員や、暴行罪や恐喝罪などで指名手配中の者が混じっていたために、元彦はすぐには釈放されず、10日間も被疑者勾留されることになってしまった。

それよりもマズかったのは、鳴き合わせ会を警察が摘発している模様をテレビが中継し、“反社会勢力が集まるメジロの鳴き合わせ会で、新潟市の建設会社社長逮捕”という報道がなされてしまったために、アッという間にサウザンド建装株式会社社長・中村元彦逮捕の情報が拡散したことであった。

綾香は、こんな時には一番頼りになる、元県会議員の阪本武史の邸宅に訪れて善後策を相談している。

「さすがに逮捕勾留では、私も手の打ちようがないな。反社会勢力とは無関係という部分だけは何とかアピールできると思うが。」

「これからどうしたらいいのでしょう?」

「そうだな、やはり世間的にもう中村元彦社長ではマズいだろう。」

思えば、綾香は出生の段階からこの“鳴き合わせ会”や“反社会勢力”と縁がある。

父・元彦は、鳴き合わせ会で知り合った反社会勢力である真田辰夫の妻に手を出して、それで綾香が生まれたのだから。

そして綾香を苦境から救い出してくれたのが、目の前に居る阪本なのだ。

阪本はゆっくり言う。

「ここは綾香ちゃんが、元彦社長に代わってトップに立つしかないだろう。幸いなことに、上川雅樹君も居るんだし。」

綾香はまだ、阪本には雅樹との関係が冷えているということを言っていなかったのだ。

「私が社長に?」

「そうだ。それしかないと思う。お父さんは凶悪犯罪を犯したのではないんだから、いずれ復帰はできると思うが、逆に今こそが次の世代にバトンを渡すチャンスなのかも知れないよ。雅樹君と一緒に二つの会社を見事に立て直して見せてくれや。私も全力でバックアップするから。」

阪本の言葉は優しく、純粋な願いのこもったものであった。

それだけに、余計に綾香は迷うことになるのだ。

(つづく)