リネージュ(Lineage)

~二つの会社と三つの家族の愛情物語~

第12回:止められない流れ

その頃、綾香は迷っていた。

雅樹との連絡を断ってから1週間、最初は毎日何度も雅樹からのLINEが入っていたが、それも徐々に少なくなってきている。

特に綾香が気にしているのは、雅樹との連絡を断つ直前のやり取りであった。

「どうして会ってくれないの?僕が被爆していると思ってるなら、それは原発で働いている人への偏見だから許せないよ。」

全く的外れな雅樹からのLINEの文言に、綾香はすっかり気持ちが切れてしまい、それ以降の返信をやめてしまったのだ。

自分は常に雅樹の成長を願い、エールを送っているつもりなのに、どうして分かってくれないのだろう。

ところがS社の方では、着々とN社との提携の話が進みつつあるようなのだ。

確かに、最初は自分が不動産業に進出したいという願望と、たまたま不動産業を営んでいる雅樹の会社を助けたいという感情が一致したことから始まった事態であるが、よく考えてみると、不動産業に進出したいというだけのことなら必ずしもN社と提携しなければならない理由はないし、もし自分の雅樹への個人的感情が切れてしまったなら、逆にN社と提携することで雅樹との関係を断ち切り難くなってしまうのではないだろうか。

父の元彦にはまだこの事を言うべきではないと考えた綾香は、まずはN社との提携の実務に携わっているS社の松本俊郎専務に、実際の進捗状況を事務的に尋ねてみることにした。

松本は、既にS社の取締役でもある綾香に、特に何も隠すことなく事実を伝えてくれた。

N社では、専務取締役で不動産担当の窪塚健一がS社との提携に反対の立場を取っているが、常務取締役で建設担当の山田政二が提携に積極的なので、提携自体は実現するであろう、ただN社の株式については、オーナーである上川家の相続の手続きが完了していないので、どのような内容の提携になるのかは模索中とのことである。

「最近は、両社長がとても提携に積極的でして、よく会われているようなんです。」

そう言えば最近、父が退社後に“今日は外で食事してくるから、鳥たちの餌を頼む”と言って出掛けることが多くなっている。

以前であれば仕事以外では鳥たちが父の生活の中心であり、あまり遅い時間まで鳥たちを放っておいて出掛けるということはなかったのだが、どうしたことなのだろう。

S社にとって、N社との提携は、それなりのメリットがあることとは言え、どうしても必要なものではなく、元彦はあくまでも父として娘の綾香のために話を進めてくれているとばかり思っていた。

それだけに、自分の雅樹への感情が薄れたことを父に言うのを躊躇っているのだが、何かおかしな流れになりつつあることに綾香は気付いてきた。

そして雅樹に対して、“あくまでも仕事のことで聞くのだけれど”という注釈を入れたLINEを送り、N社の状況を尋ねてみた。

久しぶりの綾香からのLINEに、雅樹はとても喜んだのだが、やはりN社の方でも事態は着々と動きつつあるようだ。

原発の現場から帰ってきた後も、雅樹はいろいろな現場に行かされて、夜遅くまで肉体労働をさせられているようなのだが、最近は遅く帰っても母の安子が不在の日が増えているとのことである。

また、雅樹が秘書の大宮侑璃から得た情報によれば、提携に反対している窪塚専務を納得させる方法を銀行が編み出したとかで、不動産部門についてはS社とN社が一体化し、綾香が担当取締役に就任するという具体的な話まで出来上がりつつあるというのだ。

どうも、S社と綾香が考えていることとN社で進んでいることとが、間に入っている越後第一銀行の思惑も絡んで、日増しに複雑化している様相なのである。

大抵はLINEのメール機能を使ってしか話さないのに、珍しく“声を聴きたかったから”という理由で、LINEの通話機能を使って電話を掛けてきた雅樹に、綾香は言う。

「何だか私たちの知らない所で勝手に物事が動き出しているみたいね。」

「そうなんだ。僕も戸惑っているんだけど、最近ではママと常務とが組んで、銀行を味方に付けて専務を説得しているという感じで、誰が敵で誰が味方なんだか、平社員の僕なんかにはサッパリ分からなくなってきたよ。」

少し冷静になっていた綾香なのだが、この“平社員”という言葉に、再び雅樹に対する憤りが蘇ってきた。

「平社員なんて言って逃げるのはやめなさい。この話の本当の主役はあなたなのよ!」

「それはそうなんだけど、僕たちの関係はどうなるんだろう・・・?」

弱々しい雅樹の言葉に、綾香はさらに気持ちが切れてしまった。

「会社と個人とは別なんだから、個人の方の話はいったん終わりにしましょう。」

「でも、会社が提携したら僕たちも離れられなくなるだろ?」

「その時は、平社員のあなたの上司としての態度に徹するから安心して。」

「そんな悲しいこと、言わないでよ。」

綾香は一方的に電話を切ったが、さすがに悔恨の思いの方が強かった。

(つづく)