リネージュ(Lineage)

~二つの会社と三つの家族の愛情物語~

第11回:和解への期待

上川道春と安子との間に次男として生まれた上川慶次、今は上川家との関係を断って東京で暮らしているらしい。

1年半前、道春が急死した時、安子は慶次に連絡を取ったが、慶次は上川家の事には一切関わりたくないと言って、父の葬儀に参列することすらなかった。

そのために、“遺産分割協議”と呼ばれる、道春の遺産の行方を決めるための話し合いができず、道春の全財産が妻の安子に2分の1、長男の雅樹と次男の慶次に各4分の1という割合で潜在的に相続されてしまっており、現実には慶次の印鑑が押せないために、道春の銀行預金などは解約ができず、いわゆる凍結状態になったままなのだ。

さらに厳密に言うと、N社の株式についても、全株式が潜在的な三者共有となっているので、何でもない時には特に影響はないが、株式を売却する際には問題が発生するのである。

だから元彦は尋ねたのだ。

「もし我が社が御社と提携する形態の一つの選択肢として、御社の株式を買い取るという方法を取ることになった場合、次男さんの印鑑がなければ、法的な手続きを進めることができないと、専務の松本が言っているのです。」

安子にとっては初めて聞く話であったので、戸惑いを隠せない。

「そうなんですか・・・。実は次男の慶次は・・・。」

安子は元彦に、慶次の話をし始めた。

雅樹と慶次、幼い頃から互いをライバル視していたようであったが、父の道春も母の安子も、長男である雅樹を、今から思えば偏愛していたのであろう。

実際には、多くの面で慶次の方が雅樹よりも優れていたのであるが、両親は慶次の能力を認めてやろうとはしなかったのだ。

小学生時代、まだ仲の良かった雅樹と慶次が、ある悪戯をして両親に見付かった時、道春は慶次だけを叱り飛ばし、暴力まで振るったのだが、雅樹には何も言わなかった。

その時、安子は慶次を助けてやりたかったのだが、夫の怒りを見て恐怖を感じ、結局は何もしてやることはできなかったのだ。

その後もそんなことがずっと続き、慶次は中学卒業後、家を出て行ってしまった。

慶次が東京で暮らしており、既に結婚して子が一人居るということも、道春の相続の際の司法書士による戸籍調査で初めて判明したのである。

しかし、安子と雅樹が代理人として立てた弁護士からの相続に関する連絡に対する回答は、上川家には一切関与したくないという内容の、やはり代理人弁護士を通じてのものであった。

図らずも、双方に代理人弁護士が付いてしまったので、もう慶次に直接連絡することはできないのだ。

もちろん、孫が居ると分かっているのに、安子は会いに行くこともできない。

安子は、いずれは慶次と和解して、孫の顔を見せて貰える日が来るとは思っていたが、日常の雑事の中で、最近ではすっかり忘れていたのだ。

しかし今、会社の問題から慶次の名前が出てきたということは、やはり和解をすべき時が到来したのであろうと安子は思うのであった。

安子から慶次の話を一通り聞いた後、元彦は言う。

「そうですか。でも次男さんと連絡できない限り、亡きご主人の財産の行方は正式には決まりません。それに、凍結されている預貯金も僅かな金額ではないのでしょう?」

「その通りです。今までは会社に資金がありましたから、主人の預貯金のことは、さほど気にしていませんでしたが、今では喉から手が出るくらいに欲しい資金です。」

「慶次さんと和解する方法はあるのですか?」

「そうですね、雅樹の結婚式が最大のチャンスかも知れません。」

確かに、慶次は両親との関係を嫌っているだけで、必ずしも兄の雅樹を避けているのではないという感触はあったので、雅樹の結婚式には参列してくれる可能性はあるだろう。

つまり、雅樹と中村綾香が結婚すること、これが安子にとっては最良かつ最善の方法であるらしい。

しかし、実を言うと安子は、内心では綾香が雅樹にとって最適なパートナーであるとは思っていないのだ。

実際、気の弱い雅樹に、何でも卒なくこなすキャリアウーマン的な綾香に勝てる部分などなく、仮に結婚すればずっと従属するしかない可哀そうな夫になることが目に見えており、安子は本当は雅樹の妻には雅樹と同じような何もできない可愛くて優しいだけの女性が向いていると思っていたのだ。

確かに、雅樹には“綾香さんは良いと思う”と言ったが、それは会社同士の提携への期待という、いわば下心があってのことであった。

ところが今回の慶次に関しての元彦の提案は、会社同士の提携という機会を理由として親子の和解ができるかも知れない、これで可愛い孫の顔を見ることができるかも知れないという、淡い期待を安子に抱かせるものであり、慶次との問題については、改めて真剣に考えてみようと安子は思っていた。

(つづく)