リネージュ(Lineage)

~二つの会社と三つの家族の愛情物語~

第6回:好々爺

中村元彦は、S社専務取締役の松本俊郎と、会社の会議室で話している。

「専務、銀行の感じはどうだった?」

実は、松本の調査で、S社とN社とは地域が違うので支店は異なるが、同じ越後第一銀行がメインバンクであることが分かり、松本が親しくしている銀行の担当者を通じてN社の情報を集めていたのだ。

「銀行も守秘義務があるので、詳しい事は言いませんでしたが、やはり楽な経営状態ではないようですね。特に不動産部門はバブル崩壊以来ずっと苦しいみたいなんですが、所有している不動産はそんなに悪い物件ばかりではないみたいで、ある程度資金を注入すれば立て直すことは難しくないように思います。建設部門も今は低調ですが、優秀な技術者も在籍しているみたいですし、地域での信頼もあるようです。」

「つまり、我が社にとって提携先となり得るということかな?」

「そうですね、あとは上川社長と各部門を取り仕切っている役員たちの意向でしょう。」

「実は先日、上川社長と会ってきた。」

「おっ、社長、動きが早いですね。」

「い、いや、ちょっと別の機会があったのでな。」

元彦はまだ、中村綾香と上川雅樹の交際のことを松本に言っていなかったのを忘れていたので、少し慌てたが、松本は気付いていないようだ。

「いずれにしても、N社との提携の話は、我が社にとっても悪くはないと思います。問題になりそうなのは、N社の銀行からの多額の借金と、二人の役員の処遇でしょう。」

「もちろん、最初は緩い提携からスタートするので、既存の役員や技術者などはそのまま在籍してもらうことになるだろうし、資金注入の方法や株式の持ち方とかは段階的に考えてみよう。これから状況がどう変わるか分からないから。」

確かに、N社との提携話は、自分の長女の綾香と上川雅樹の交際がきっかけなのだから、彼らの意向も重視しなければならないし、少なくともN社側にとっては急ぐ話ではないのだ。

松本は答える。

「それでは、まずは私の方で阪本監査役に説明するための事業計画書などを作ってみましょう。」

そう、元彦と松本が幾ら良いと思っても、最後は監査役の阪本武史が首を縦に振らないと何も決まらない、これがS社の大きな弱点である。

阪本は元県会議員であり、裏社会をも含めたあらゆるルートを持っているので、その影響力に頼っていればこそ、今のS社の安定的な発展があるという一面も否定できないのだ。

阪本は、元彦や松本にとっては、近付くにも気を遣うような怖い存在なのであるが、綾香だけは阪本を慕っており、阪本も綾香にだけは心を開いている。

幼い日の綾香を苦境から救い出し、同時に父の不始末を片付けてもくれた人物だからなのか、綾香は初めて阪本と会った日から、とても懐いており、会社のこととは関係なく、今も実の伯父を訪ねるように時々阪本邸に顔を出し、子の居ない阪本夫妻も、綾香を実の娘のように可愛がってくれているのである。

今日も綾香は阪本邸を訪れていた。

「伯父様、伯母様、はり糸の地酒カステラを買ってきましたわ。」

はり糸とは、新潟市の中心街である古町に本店を構える、明治時代から続く老舗の和菓子店である。

「綾香ちゃん、いつもありがとう。」

普段は強面の阪本も、綾香の前では好々爺になるようだ。

阪本の妻が入れてくれた浅川園の銘茶と地酒カステラを楽しみながら、綾香は阪本に報告する。

「いよいよ宅建士の研修が終了して、もうすぐ晴れて宅建士として登録できることになりました。」

宅建士は、試験に合格してから一定期間経過後に研修を受講しなければ登録できない制度になっており、ようやくその時が来たのだ。

「そうか、では会社に不動産部門を作ることにするかな。」

そこで綾香は、上川雅樹と付き合っていること、双方の親を交えて会ったこと、そしてN社との提携話が出てきていることなどを、初めて阪本に打ち明けた。

「そうか、上川さんの会社は私も知っているよ。前の社長は少々ヤンチャだったが、雅樹さんは真面目な人らしいから、良縁ではないかと思う。前の東京の彼氏はちょっとチャラかったからなぁ。今度、雅樹さんを連れて来なさい。」

実は綾香は、彼氏ができるたびに阪本に会わせているのであるが、大抵の男はそれで引いてしまうので、雅樹を連れてきて大丈夫だろうかとの不安はあった。

「でも、まだ雅樹さんとの結婚も、会社の提携も決まった訳ではありませんから、また伯父様にいろいろご指導いただきたいと思っています。」

これが綾香の素直な気持ちであったが、これで阪本は元彦と松本からのS社との提携の相談に反対することはなくなるのであろう。

(つづく)

※新潟市内の古町通5番町商店街にある「はり糸」本店です。

 

登場人物紹介

・阪本武史(73歳)

元県会議員で、地元の名家の当主であり、S社立ち上げの際に、松本からの依頼で出資をしただけで、特に経営面では関わってこなかったが、現在でも建設業界や政界への大きな影響力を持っており、S社にとっては必要な存在のようである。

綾香が中村家の養女になった経緯に深く関わっている。