リネージュ(Lineage)

~二つの会社と三つの家族の愛情物語~

第5回:それぞれのベクトル

上川安子の話がきっかけで、上川雅樹が中村綾香に話を伝え、それが綾香から中村元彦に伝わり、いつの間にか両家が親を交えて面談するというような大層な話になってしまった。

安子はこれを機としてS社との提携を模索したい、元彦はN社の現状を探りたいという部分で利害が一致しているが、綾香はまだ雅樹と結婚すると決意している訳ではないし、自分たちのプライベートよりも、親たちの会社のビジネスの方が先行してしまいそうな状況に戸惑っている感じである。

雅樹は綾香と結婚したいが自分の実力に自信が持てないままであり、かつ雅樹はまだ、綾香からS社とN社の提携の話は聞いておらず、単に彼女の父に初めて会うという緊張感が全てであった。

つまるところ、向かい合った4人の思いの方向がそれぞれ異なっている面談ということなのだ。

安子は、初めて正面から元彦の顔を見て、少し嫌悪感を持った。

もちろん、夫の死に元彦は直接の関係はないが、夫の生前にゴルフや海外旅行に何度も誘い、酒食を共にして心筋梗塞の原因ともなったであろう不摂生を強要した悪友の一人であるし、決して尊敬できる人物ではないとの先入観があるのだろう。

元彦は逆に、初めて正面から見る安子に対して、かつてこの人の夫を、何度も悪い遊びに誘ってしまったという罪悪感を持っていた。

きっとこの人も、亡くなった自分の妻の依子と同じように、夫に対するマイナスの感情を持っていたのであろう、その責任の一端が自分にもあるという後ろめたい気持ちである。

しかし、安子も元彦も大人であるから、そのあたりを子どもたちに感じさせることなく、普通に息子の母、娘の父として会話をしており、綾香も雅樹も安心したのであった。

綾香は実家に帰宅後、元彦と話している。

「どんな感じだった?」

綾香の問いに父は答える。

「雅樹さん、いかにも頼りない感じだな。でも頭は良さそうだから、自信を持てば成長するのかも知れないね。お母さんも同じで、会社の社長で、法律的な権利は握っておられるんだから、もっと自信を持たれたら良いと思うのだが。」

「その通りね。あの人たちに自信を持って貰う方法ってあるのかしら?」

「そうだな、やっぱり成功体験かな。経営者は経営が上手くいっていれば、自然と自信を持てるようになって、それでさらに成功できるものだから。」

「成功体験かぁ。雅樹さんのお母さんは、二人の役員さんたちを見返してやりたいみたいね。」

「うん、その気持ちは分からないでもないが、そういった個人的な感情ではなくて、もっと会社全体の発展を考えるべきではないのかな。二人の役員さんは、責任を全部社長さんに押し付けて、勝手気儘な経営をしているから、会社全体が経営不振になるのだと私は思うんだ。やはり社長さんがリーダーシップを持って経営判断をしなければいけないと思う。」

父の言葉に、プライベートでは単なる鳥好きのダメな親父なのかも知れないが、経営者としては尊敬できる人物であると、綾香は改めて思った。

雅樹も帰宅して安子と話している。

「綾香さんのパパ、なかなか立派な人みたいだったね。」

「確かにね、経営者としてはなかなかの人物だと思うけど、ああいう人はプライベートは全然ダメなものだから、マー君は、あまり影響されちゃいけないよ。」

「そうなんだ。僕にはそうは見えなかったけど。」

「まぁ、私たちの年代の男の経営者は、大抵はあんな感じだけどね、これからの時代は違うと思うのよ。綾香さんはしっかりしてて、なかなかたいした人だと思うね。でもマー君、彼女に本当について行けるのかい? ママは心配だよ。」

「そうなんだ、綾香さんは何をやっても僕よりも上手だから。」

「でも、それも時代なのかも知れないよ。ママの時代は夫唱婦随って言ってね、男がしっかりしてて、女は家庭を守るって昔の習慣が残ってたから、それで会社に全く関わってなかったばっかりに、ママは今になって苦労してるんだけど、マー君たちの時代はもうそんな言葉は消えてしまうんだろうね。だからママは綾香さん、いいと思うよ。」

「ありがとう、ママ。認めてくれるんだね。」

雅樹は素直に喜んでいるが、安子は何とか上手く話を進めて、元彦の会社との提携を成功させ、二人の役員から経営権を取り戻してやろうとの野望に燃えていたのだ。

(つづく)