リネージュ(Lineage)

~二つの会社と三つの家族の愛情物語~

第2話:閃き(ひらめき)

今から1年前、中村綾香は、新潟明訓大学の同窓会で、ミステリー同好会というサークルで数ヶ月だけ一緒だったらしい上川雅樹と再会した。

同期ではあるといっても、それぞれ経済学部と法学部と学部が違っていて、授業で会うことも少なく、サークルに入ってきてすぐに先輩に虐められたとかで辞めてしまったという雅樹のことを綾香は覚えていなかったが、雅樹はずっと綾香のことを意識していたらしい。

「あのー、中村さんですよね?」

何とも頼りない雅樹の声掛けであったが、雅樹にしたら精一杯の勇気を奮ったのであろう。

「えっ、どなたでした?」

「法学部の上川雅樹ですよ。ミステリー同好会で一緒だった。」

「そうでしたっけ?」

母を亡くし、父に請われて新潟に戻ってきて、しかも東京で3年以上も付き合っていた彼氏と別れてきたばかりだった綾香は、弱々しい感じの雅樹の外見に安心したのか、LINEのQRコード交換と、同窓会の後の“飲み”の誘いに、特に迷うことなく応じたのであった。

雅樹は、新潟市から南西に約55キロ離れた長岡市で、父が創業した建設業と不動産業とを営む“株式会社ノーススター(N社)”の後継者となるため、半年ほど前に死亡した父に代わって代表取締役となっている母・安子のもとで仕事をしているという。

綾香と雅樹とは、同じ頃にそれぞれ父と母を亡くしているようであるし、会社の後継者という部分も共通しており、どうやら似た者同士らしかった。

そして、その後に続いた雅樹からの、LINEを通しての稚拙ではあるが熱心なアタックもあって、二人は半年前から恋人関係として付き合うようになっている。

しかし綾香は、雅樹が法学部出身なのに、自分は既に合格している宅地建物取引士試験に何年も不合格を続けていることや、後継者という割には取締役にもなっておらず、名刺の肩書は平社員みたいで、建築現場の仕事ばかりしているらしいことに、少し不信感を持っており、最近徐々に聞き出したN社の経営状況にも不安を感じるようになってきていた。

N社は35年前に雅樹の父・上川道春が建設業として創業し、地道に発展していたが、バブルの頃に大きな借金をして不動産業に進出して失敗、それ以来、苦しい経営状態が続いているらしい。

そして道春が心筋梗塞で急逝して、専業主婦から突然に代表取締役となった安子は、古くからの役員2名に助けられて何とか経営をしているのだが、最近では建設業の方にも翳りが見えてきて、いよいよ経営危機が近い様子なのだ。

実は、雅樹は父の死亡後、勤めていた地元の中堅ゼネコンを退職し、母に期待されて後継者として入社したのだが、古参の2人の役員からは軽視され、後継者とは名ばかりで、平社員として建設現場に回されて、日々単純労働をさせられている状態なのである。

「雅樹さん、後継者なんだから、ちゃんと古手の役員さんにも意見を言わなきゃダメじゃない。」

「それは分かってるんだけど、二人とも実力があるからなぁ、ママも頭が上がらないみたいだし。」

「その“ママ”っていうのはヤメなさい。社長でしょ。」

「そうなんだけどなぁ。」

「でも、二人の役員さんたち、意見が違うんでしょ?」

「それが、僕を虐める時だけ、変に意見が一致するみたいでさ。」

二人の役員とは、N社で不動産部門を担当する専務取締役の窪塚健一と、建設部門を担当する常務取締役の山田政二で、普段は全く意見が一致しないらしい。

「でも、不動産部門も建設部門も経営不振なんでしょ?」

「そうみたいだな。」

「それなら役員さんたちに責任があるんじゃないの?」

「・・・。」

「雅樹さんがしっかりして、彼らを見返してやらなきゃ。」

雅樹とN社の話をしていると、いつも苛つく綾香であったが、今では頼りない弟を励ますような気持ちになってきているようだ。

「綾香さん、また実家に泊まったの?」

雅樹はポケットから白いマスクを取り出しながら言う。

彼は鳥の羽にアレルギーがあり、綾香の衣服とかに付着した鳥の羽を敏感に察知するようだ。

「そんなことには感性が鋭いのね。」

「小鳥さん、可愛いから僕も飼いたいんだけど、アレルギーだから。」

「いい年して小鳥さんでもないでしょ。」

その時、綾香は閃くように、あることを思い付いた。

そうだ、雅樹が後継者となるN社は長岡市で建設業と不動産業とを営んでいて、自分が後継者となるS社は新潟市で建設業を営んでいるが、S社は不動産業に進出しようとしている。

それなら、もし自分と雅樹とが結婚して二つの会社を一緒にすれば、55キロ離れた場所にあるので、商圏が競合することもなく、むしろ業務は合理化できそうだ。

そして、N社は経営危機から脱せられるかも知れないし、S社は不動産業を引き継いで、宅地建物取引士になった自分が、試験に合格できない雅樹に代わって経営をすることができて、両方の会社にメリットがあるのではないだろうか。

ただ、そのために自分と雅樹が結婚を急ぐというのは、少し筋違いのような気もする。

そういった迷いから、綾香はまだこの思い付きは、雅樹には言わないでおこうと思っていた。

(つづく)

登場人物紹介

・中村彩香(なかむら・あやか 31歳)

幼少時は親からの虐待に遭っていたらしいが、4歳の時に新潟市でサウザンド建装株式会社(S社)を経営している中村元彦・依子夫妻の養子に迎えられ、それ以降は中村家の一人娘として、何不自由なく大切に育てられてきて、新潟県三条市にある新潟明訓大学の経営学部を卒業、東京の大手不動産会社勤務を経て、将来はS社の後継者となるため、日々努力している。

上川雅樹とは同じ大学の卒業生で、1年前の同窓会で再会、半年前から交際を始めており、雅樹からN社の事情を聞いて、S社と提携ができないかと考えるようになった。

・上川雅樹(かみかわ・まさき 31歳)

長岡市で株式会社ノーススター(N社)を経営していた父の道春から、後継者としての大きな期待を受けて育ち、綾香と同じ大学の法学部を卒業後は地元の中堅ゼネコンに勤務、父の死亡後にN社に入社した。

夫の急死により、突然に専業主婦から経営者になった母の安子のために頑張ろうとしてはいるのだが、能力不足もあって、二人の古い役員からの虐めを受けるようになり、現在は工事現場の仕事に回されて、肩書も平社員のままで全く経営に関与できていないことが悩みである。

中村綾香と交際しているが、全ての面で自分の方が劣っていることにコンプレックスを持っている。