リネージュ(Lineage)

~二つの会社と三つの家族の愛情物語~

第1話:血の呪縛

中村綾香は、この部屋で寝ている日は、毎朝が小鳥の鳴き声で目覚めることになる。

それも、数十羽が集団で鳴き始めるので、可愛いというよりは煩いと言った方が実態に合っている。

綾香は31歳、9年前に大学を卒業した後、ここ新潟市の実家を離れて東京に引っ越し、大手不動産会社に就職していた。

そして今から1年前、母が病死した後は一人になってしまっていた父から、いずれは経営している建設会社を継いでほしいとの要請を受けて、東京の会社を退職して帰郷したのだが、亡き母の部屋を小鳥の放し飼い場所にしてしまった父の考え方が好きになれないこともあって、実家から少し離れた場所にマンションを借りて一人暮らしをしており、たまに父が出張で不在になる時だけ、小鳥の餌をやるために、この実家に泊まっているのだ。

実は、インコや文鳥やジュウシマツなどが入り混じって、ガヤガヤしている感じの多くの小鳥たちの中に、一羽だけ別格の存在が居る。

その鳥だけは放し飼いではなく、何やら伝統と格式のありそうな小型の竹籠という自宅を持っており、その子が何とも優雅な声で囀り(さえずり)を始めると、他の小鳥たちは騒ぎをやめて聞き入ってように思える。

綾香も、その子の美しい囀りにだけは魅入られており、心が洗われる思いであった。

しかし、父は綾香に、その子を飼っていることを、絶対に誰にも話してはいけないと言っている。

そう、その子こそ、鳥獣保護法で現在は実質的に個人での飼育が禁止されている“メジロ”なのだ。

綾香は、この父が大切にしているメジロの“潤ちゃん”だけは気に入っており、その子が居るから他の小鳥たちの煩さを許していられるのだろうと思っていた。

綾香の父、中村元彦は、いわゆる愛鳥家である。

以前の元彦は、“メジロの鳴き合わせ会”に自分のメジロを出場させることを唯一の趣味としていた。

この“メジロの鳴き合わせ会”とは、元々は江戸時代から続く健全な伝統文化であったのだが、良い鳴き声のメジロが高値で取引されるために野鳥の乱獲が繰り返されたり、競技として過熱化して反社会勢力が絡んだ賭けの対象となるなどの問題が数々発生し、近年では野鳥保護の必要性を理由に鳥獣保護法が改正され、個人としてメジロを飼育することが実質的に禁止されている。

しかし、どうやら元彦は、今でも“闇”で開催されているらしい“鳴き合わせ会”に、この潤ちゃんを連れて行っているようなのだ。

元彦が経営しており、いずれは綾香が継ぐことになる予定の会社である、新潟市内にある“サウザンド建装株式会社(S社)”は、経営状態も良好で、地域から信頼されている会社であり、綾香が継ぐにあたっての新規事業として、昨年の宅地建物取引士試験に合格した綾香が興味を持つ不動産業を追加する方向で進めているという、小さいながらも前途洋々の優良企業なのであるが、綾香は父のメジロ飼育が違法行為であるらしいこと、どうやら“闇の鳴き合わせ会”で、いわゆる反社会勢力の人たちとの交流があるらしいことが心配の種である。

実は、これは綾香の出生の秘密に繋がることでもあった。

中村元彦と今は亡き依子夫婦と綾香との法律上での関係は養親と養女である。

綾香は4歳の時に実親のもとを離れて中村家に来ているので、かなり大きくなるまで、自分が養女であることを知らなかった。

しかし、稀に思い出すことがある、自分が誰かから虐待されている記憶が、目の前にいる優しい両親とはどうしても繋がらず、思春期の綾香は深く悩むことになる。

綾香が高校に進学することが決まった時、両親が初めて綾香に、彼女が実の子ではなく養子であると打ち明けた。

実の父に虐待されていた幼い綾香を、元彦の知人で、当時は県会議員であり、現在はS社の監査役という名称の役員である阪本武史の仲介でもって、元彦と依子が養女に迎えたのだと。

しかし、その時の母・依子の態度にどうしても得心が行かなかった綾香は、成人した後に戸籍を調査して実の両親の名前と姉の存在とを知って、どうして自分だけが虐待されていたのかに疑問を持つようになり、さらに数年後に阪本から本当の事実を聞いているのだが、逆にそれを知っていることを綾香は両親には言えないという状態に陥ってしまっていた。

綾香と依子との関係は本当に単なる養母娘なのだが、綾香と元彦との関係は、法律上では養父娘でありながら、実は血の繋がった本当の父娘なのである。

そして、綾香の実の母・麗子の夫、すなわち綾香の戸籍上の実父である真田辰夫は、反社会勢力と呼ばれる集団に属する人物であった。

今から31年前、元彦は“メジロの鳴き合わせ会”で知り合った真田辰夫の妻・麗子と関係を持ってしまい、そして生まれたのが綾香だったのだ。

暫くしてから、綾香が妻の不倫の子であるという事実を知った辰夫は、まだ幼い綾香を虐待するようになり、やがて綾香の父親が“メジロ仲間”である建設会社社長の中村元彦であることを知って、辰夫は元彦を脅迫するようになった。

困った元彦は、当時は県会議員であり、裏社会にも通じていた阪本に仲介を頼み込み、相当な金銭を元彦が真田に支払った上で、綾香を養女として引き取って今に至るということになる。

だから母の態度がおかしかったのだと、それで初めて綾香は知ったのだが、その話題には一度も触れることがないまま、母は1年半ほど前、胃癌で他界してしまった。

(つづく)

※これがメジロです。