震災復興&歴史発掘ファンタジー

「ストロベリーランナー ~亘理伊達開拓団からのメッセージ~」

第18回:平成の亘理伊達移住団

2011年5月。

震災から2ヵ月、亘理町役場に、姉妹都市である北海道伊達市からの連絡が入る。

壊滅した亘理町の苺農家の人たちを20名、伊達市に受け入れて苺栽培成功のための指導をして欲しいという内容で、移住者には耕作用地やビニールハウスを提供し、一定期間は給料も支給するという、とても好条件の提案であった。

「まさに“平成の亘理伊達移住団計画”ということです。」

実際、この計画は、伊達市側が明治時代の亘理伊達開拓団の故事に倣って提案されたという面があるし、その背後には金成泰春と田村正章との、小学校以来の強い絆があったのだ。

伊達市からの提案の内容を説明する上司の言葉に、村山広絵はずっと忘れていたことを思い出した。

小学校時代に小学生交換留学で伊達市から金成という、祖先がアイヌだったという子が来て、先生が亘理伊達開拓団の話をしていたことを。

そして、その時に斎藤信幸が寝ぼけて笑われていたことも。

思い出し笑いをしそうになった広絵に、上司は言う。

「村山さん、移住する人のお世話係をお願いできるかね?」

「もちろんです!」

顔に傷を負って以来、普段は沈みがちで、常にやや斜めを向いて人と視線を合わそうとしなくなっていた広絵が、今だけは真っすぐに顔を向けて元気に返事をしたので、どうしたのかと上司は戸惑っている。

町議会は直ちに伊達市からの申し入れを承認し、移住する農業者の人選に入って、上司からの推薦もあり、広絵は、その人選担当者の一人にも選ばれた。

広絵は、最初に信幸の居る避難所に向かう。

小学校時代を思い出したということもあるが、柴田里美から信幸が引き籠り状態になっていることを聞いていたから、これを絶好の機会と考えたのである。

「新天地に行きなよ。何もかも全部、一からやり直せるんだよ。」

信幸は無言だが、もちろん心は動いていた。

しかし、今はまだ、苺畑のことを思い出す度に、津波で流されてしまった両親のこと、かつての楽しかった思い出、そしてあの恐怖が蘇ってくるのだ。

それに、信幸が小学校の時、まさに広絵が思い出したあの授業の最中に見た夢、蝦夷地に向かう亘理伊達開拓団に自分の先祖が参加しなかったことを、先祖が臆病者だったからと、今もなお思い込んでいることも、信幸を弱気にさせる一因であった。

「今はまだ、そんなことを考えられないんだ。もう少し待ってもらえないか。」

「伊達市からの申し出は、人数も期限も決められているのよ。」

「そりゃ、そうだろうなぁ・・・。」

確かに、住み慣れた故郷を離れて、見も知らぬ遠い北海道に行き、初めて会う人たちと一緒に働くという決断を、こんな短い期間の中で下すことは、信幸に限らず誰にとっても難しいのかも知れないと広絵は思ったが、それでもやはり、信幸の優柔不断な態度や甘えのような気持ちは納得できるものではなかった。

「1週間だけ待ってあげるから、それまでに決めてよね。」

広絵の言葉は、信幸にとっては、最後通告のように厳しく聞こえていた。

そして広絵は別れ際に口にしようとして、喉元で止めた言葉がある。

「里美ちゃんのこと、ちゃんと考えてあげないとダメだよ。」

広絵は、3.11の前日、里美が信幸からの告白を受けた日の深夜に里美から電話で相談されており、まだ里美が返事をしないまま現在に至っていることも知っているのだが、それは信幸が知らない事実である筈なのだ。

実は同時期に、坂口雄太も里美に告白しており、どうすればいいかの相談も、広絵は全員の共通の友人という立場で里美から受けていたのである。

これまでは全く縁がなかった、ましてや顔に大きな傷ができてしまった自分には、これからもずっと関係はないであろう恋愛の相談を、それも自分が実は心の中で嫉妬を感じている里美から受けているという、微妙で皮肉な立場にも戸惑いを感じているのであるが、これは公務員の職務ではないものの、“人の役に立つ”という使命のうちであるのかと広絵は割り切っているのであった。

しかし、後になってから、このことが広絵の心を大いに悩ませる原因となるのであるが、この段階ではまだそれに気付くことはなく、広絵は幼馴染たちの行く末だけを真剣に案じている。

今は里美も雄太も、恋愛どころではない多忙な毎日を送っているが、ただ一人信幸だけは時間が3.11で止まってしまっているようなのだから。

(つづく)

※北海道のテレビで放映された実際の映像です。