震災復興&歴史発掘ファンタジー

「ストロベリーランナー ~亘理伊達開拓団からのメッセージ~」

第19回:遥か遠い明治

次に村山広絵は、別の避難所に居る千草繁明に移住を勧めに行った。

「伊達市の人たちは、繁爺のようなベテラン農家の経験と技術に期待しているんですよ。しかも設備も資金も全部伊達市が準備してくれるんです。“わたりっこ”を復活させる絶好のチャンスだと思いませんか?」

しかし、繁明は何も答えようとはしない。

広絵は諦めずに話を続ける。

「伊達市は寒冷の地ですが、繁爺の祖先はこの東北で初めて苺を作ることにチャレンジして、見事に成功されたのでしょ? 今こそ繁爺が祖先の偉業を再現する時なのではないのですか?」

繁明は暫く考え込んでいたようだが、静かに言う。

「広絵ちゃん、ありがとう。わしのこと、苺のことを思ってくれる気持ちはよく分かった。伊達市の方々の気持ちも、とても有難く思う。それでもわしは、この亘理の地で、この土と水で、あの“わたりっこ”を復活させたいんだよ。」

「でも、一度塩害に遭った畑が元の状態に戻るには、少なくとも数十年かかると言われているのですよ。」

「そんなことは十分に分かっておる。それでもわしは祖先から受け継いだこの亘理の地を離れる気はない。」

繁明は、広絵がいくら説得しても頑なに移住を断り、独り言のように言う。

「本当なら、わしも雄太たちのように土木作業員として亘理の復興に貢献したいが、この年では何ともならん・・・。」

その手には、汚泥の中から取り出した苺の若葉があった。

しかし、その若葉も3.11から2ヶ月が経過して、すっかり萎れてしまっている。

広絵は、その萎れた若葉と、それを持つ繁明の皺だらけの手を見て思った。

繁明も本当は、もう元の生活に戻れないという現実を分かっているのだろう。

しかし、認めたくないのだ。

だが、広絵たちよりも40年も余計に歳を重ねている繁明に、残されている時間はそう多くはない。

今すぐは無理であったとしても、いつかは繁明にも最後の活躍の舞台を用意してあげたい。

定年を過ぎて一度は退職したのに、今はシルバーボランティアの先頭に立って、水を得た魚の如くに大活躍している父の姿を重ね合わせて、広絵は思うのであった。

その頃、町役場の仮設庁舎に設けられたFMおおぞらでは、支倉智美と柴田里美の姉妹レポートが評判を呼んでいた。

普段の放送内容は、町内各地の放射線量や余震の発生を告げるなど、重苦しい内容が主体であったが、その中で唯一、小さくても明るく前向きな話題を見付け出して伝えるのが、姉妹レポートの役割だった。

「やっと姉妹が和解できたのね。」

二人の笑顔を見て、FMおおぞらを二人に紹介した桜木司織は心から嬉しく思っていた。

もちろん、伊達市からの“平成の亘理伊達移住団計画”についても、その経緯から亘理町と伊達市との関係、そして亘理伊達家の歴史などを説明するのが、姉妹の重要な役割の一つであり、それが大きな広報の力となっている。

里美は、これを機会として、140年前の亘理伊達開拓団に、あの伊達市から小学生交換留学で金成泰春が来た10歳の頃以来、再び興味を持ちはじめ、JR亘理駅前に建つ“悠里館”の中にある“亘理町立郷土資料館”に通って、歴史資料を調べるようになった。

そして、亘理伊達開拓団の歴史を知る程に、里美は様々なことに気付くのである。

戊辰の戦、理不尽な減石、移住の決意、開拓の始まり、挫折と復活、朋友との友情、そして開拓の成功、名誉の回復、それぞれのシーンに開拓団を支えた様々な人々の存在があり、そしてドラマがあるのだ。

「何もない大地を開拓、何もなくなってしまった被災地を復興、全てを奪われてしまった人たちが、やがて全てを取り戻す、140年前と今、どうしてこんなに状況が似ているんだろう。これは何かヒントがあるに違いないわ。」

里美は遥か遠い明治に想いを馳せ、歴史の重みとその力を知るようになるのだ。

(つづく)