震災復興&歴史発掘ファンタジー

「ストロベリーランナー ~亘理伊達開拓団からのメッセージ~」

第17回:亘理伊達家の誇り

明治3年4月。

第1回亘理伊達開拓団が現地に入り、開拓の第一歩を示そうとしていた頃、元亘理伊達家家臣の斎藤幸信は、第2回以降の開拓団を送り出す役割を担うため、亘理に残って一人暮らしていた。

蝦夷地に向かう前に、伊達邦成公が亘理に残る家臣たちに対して残した言葉が、今の幸信の心の支えである。

「我々は新天地に向かう。しかしこの亘理は伊達家にとって母なる地であるから、亘理伊達家の誇りを持った者が、遥か末代まで守っていかなければならぬ。住む場所や身分は変わってしまったとしても、いつまでも我々の心は一つだ。進むも勇気であるが、留まるもまた勇気であるぞ。」

しかし幸信は、それが分かっていても、開拓団の活躍の報せを耳にする度に、自分ばかりが取り残されてしまったという気持ちを払拭することができず、また“家格が違う”と思い込んでいる柴田美里に対しての恋慕の気持ちも整理できないまま、悶々とした日々を過ごしている。

「邦成公は留まるもまた勇気と仰せられたが、それは進む勇気のない者たちを慰めるために発せられた言葉ではなかったのか。」

悩める幸信であったが、彼には相談できる友人は居なかった。

いや、実は過去には何人か居たのであるが、ある者は戊辰の戦で命を落とし、ある者は既に開拓団の一員として蝦夷地に去り、それぞれが主君のために一命をも賭して尽くしているにも関わらず、幸信だけが何もできていないという忸怩たる思いがあったのだ。

そんな幸信のもとに、家老の田村顕允が予告もなくやってきた。

「ご家老、突然の御来訪、いかがなされました。」

突然のことに慌てる幸信は、気が緩んでいて武士としての服装を整えていないことを、家老に対して強く恥じている。

だが、顕允の用向きは、幸信の服装を注意することではなかった。

「幸信、大変なことになりそうなのだ。手伝ってはくれまいか。」

顕允の話によると、これまで旧亘理領を支配してきた南部藩が撤退し、段階的に明治政府の直轄地とされることになり、新たな支配者となる角田県が、武士の帯刀を禁止するとの申し付けを近々に発するという。

「武士の魂を取り上げられるということなのでございますか?」

幸信の言葉に、顕允は落ち着いて答える。

「世は変わり、もう帯刀の時代ではないのは分かっておる。しかし家臣団の中には反発する者も多いであろうし、最も恐れねばならぬことが暴動だ。」

「暴動でございますか!」

「今ここで不祥事を起こしてしまうと、邦成公が為されようとしておられる偉業が頓挫するかも知れぬ。わしが角田県や中央政府との交渉を行うが、幸信は若い者たちに落ち着くよう話してくれぬか。」

確かに、亘理に残された者たちは、武士でもなく農民でもない不安定な立場に置かれたままであり、仕えるべき主君は既に亘理を離れてしまい、しかも多くが独身者であるから、今は何もすることがなく、中には不逞な行動に与している者も出てきているようである。

顕允は続ける。

「確かに時代は変わってしまった。しかし我々はどんな時代になったとしても、初代当主に伊達成実公をいただく、栄光ある亘理伊達家の家臣である。その誇りを汚すような事をする者を許す訳には参らぬのだ。貴殿の父君、斎藤忠信殿は、このような時代にあっても亘理伊達家の誇りを最後まで貫き通した偉大な人物であった。今こそ亡き父君に代わり、幸信が邦成公の想いを皆に伝えてはくれまいか。」

幸信は、これが亘理の地に残った者たちに対して、邦成公から与えられた大きな使命の一つであると感じ入った。

「承りました。この斎藤幸信、一命を賭しましても、ご下命を果たす所存でございます。」

緊張する幸信に、顕允は笑顔を作って言った。

「幸信よ、もう今は一命を賭す時代ではなくなっているのだよ。」

この言葉によって、ようやく幸信も緊張を解くのであった。

(つづく)

※亘理伊達家の紋章です。