震災復興&歴史発掘ファンタジー
「ストロベリーランナー ~亘理伊達開拓団からのメッセージ~」
第16回:Green Hand
その頃、北海道伊達市では金成泰春が、亘理の田村正章から教わった高設水耕栽培の技術を使って、北限の地での苺栽培をスタートさせるためのプロジェクトに、農協職員という立場で参加することになっていた。
震災の後、泰春は自分が140年前の亘理伊達開拓団が移住した地の先住民であったアイヌの首領・ウテルケすなわち和名:金成春泰の子孫であることを、これまで以上に強く意識するようになっている。
「140年の縁で繋がる姉妹都市である亘理と、何か共に前に進める手段はないものか?」
そして泰春は、亘理の田村正章と何度か連絡を取った。
もちろん、会話のほとんどは技術的な話と、あとは3.11の時に泰春が正章に貸したままになっている新車がどうなっているかの話であったが、雑談っぽい会話の中で正章が言った言葉に、泰春は一つの気付きを得ていた。
「学術用語ではないので、今まで僕は知らなかったんだけど、どうやら園芸の世界では、技術以前に植物の心が分かる人の手をGreen Hand、いくら技術があっても植物の心が分からない人の手をBlack Handと言っているらしいよ。我々のような研究者は、ついつい技術に頼ってしまう傾向があるから、手が黒くならないように気を付けないと。」
その言葉から、泰春はある手段を思い付いたのである。
そして今日から、伊達市でのプロジェクト会議が始まるのだ。
プロジェクトリーダーは最初に言う。
「この伊達市は北の湘南と呼ばれるくらい、北海道の中では温暖な地ではありますが、実際に良質な苺が栽培可能かどうかは未知数です。」
北海道では何ヵ所かで苺栽培は行われているが、道外の市場に出すまでの良質な苺が収穫されているということでは決してない。
プロジェクトのメンバーも悩んでいる。
「確かに、合成養液とビニールハウスを使えば、理論的には十分に良質な品種の栽培が可能だが。」
「やはり九州など温暖な地域で収穫されるもののような高い糖度を維持することは難しいかも知れない。」
「気温の変化が苺の糖度に大きく影響するが、安定的な品質を維持するための最適な対策が見えないな。」
「市場に並べるには、味ばかりではなく色や大きさなどの見栄えの部分も重要になるが、その点でも温暖な地域とは差が生じてしまいそうだな。」
「なにしろ、ここには苺栽培の経験がある者が居ないからなあ。」
ここで泰春が発言した。
「研究者ではない一農協職員の私が申し上げるのはおこがましいのかも知れませんが、一つご提案したいことがあります。確かに成功するかどうかは分かりません。ただ、成功の確率を大幅に高める方法はあると思うのです。」
泰春にメンバーの注目が集まった。
「大幅に高める方法とは?」
メンバーの質問に泰春は答える。
「苺を心から愛し、苺に望みを託す“人の力”です。」
プロジェクトリーダーは言う。
「確かにそうかも知れませんね。では金成さん、具体的な方策はあるのですか?」
泰春はその言葉を待っていた。
「姉妹都市でもある宮城県亘理町から、苺栽培の経験者に来てもらっては如何でしょうか? Green Handの力に賭けてみるのです。」
一同は暫くの間は無言で、各自が考えているようであった。
確かに、人の手の力と言っても、そのことに対しての科学的な根拠はないのだ。
そして数分後、プロジェクトリーダーは呟く。
「そうか、“わたりっこ”のGreen Handを信じてみようということか。」
プロジェクト会議での結論が出たので、泰春は直ちに次の行動を開始するために、伊達市役所に向かうのであった。
(つづく)