震災復興&歴史発掘ファンタジー

「ストロベリーランナー ~亘理伊達開拓団からのメッセージ~」

第11回:誇りと使命

村山広絵は、顔の傷が深く大きく残ったまま、周囲が止めるのを振り切って、早くも職場復帰した。

1年前に定年を迎えて自宅でゆったりと暮らしていた広絵の父が、当然のように役場に毎日顔を出して、役場における以前の高かった地位などには関係なく、雑用でも何でもいいからと、少しでも手伝おうとしている姿も、広絵には影響を与えていたのであろう。

非常時には商工観光課も何もないし、ましてや勤務時間も休憩も何も関係ない。

そして今は、まだキャリアの浅い広絵が普段しているような、上司からの指示を待って、言われた通りの仕事を機械的に処理するのではなく、一人一人が自らの頭で考え、行動し、そして自らで責任を取らなければならないのである。

広絵は、とにかく一人の公務員として、与えられた仕事はもちろん、自分にできる仕事は全てやろうとしていた。

広絵が子どもの頃からずっと憧れ、公務員になった後は毎日を過ごしていた、役場の本庁舎である鉄筋造の建物は、倒壊の可能性があるということで、今は立入禁止となっている。

そして、まだ寒さが少しばかり残っている時期なのに、駐車場に何棟か並べて急ごしらえで建てられた仮設庁舎で、早朝から深夜まで、自衛隊員や各地から救援に来た人たちと共に、広絵は我を忘れて働いていた。

公務員になるのは広絵の幼い頃からの希望であったが、今ほどに公務員の職務の重要性と使命を誇りに感じたことはないだろう。

しかし、プライベートに戻った時の広絵は、帰宅して鏡で自分の顔に刻まれた深く大きな傷を見て思う。

柴田姉妹とは違って、容姿に自信のない広絵のささやかな夢は、この亘理の地で普通に結婚して子を設け、普通の幸せを掴むことだったのだ。

あのまま何事もなく暮らせていたならば、おそらく自然とそのような人生になり、そしてそのまま人生を終わっていたのであろう。

もちろん、そのような平凡な人生が果たして本当に良いのかどうか、何とも判断は付かないが、今は公務員としての誇りと引き換えにして、その夢を諦めなければならないと覚悟する時でもあると思った。

顔の大きな傷を見る時、それが多忙な広絵にとって、それが唯一、自分自身と向き合うことができる時間でもあったのだ。

その頃、夫と幼子を同時に失い、幸せの絶頂から一瞬にして転落してしまった支倉智美は、なかなか立ち直ることができないまま、職場復帰の目途もなく、今は半壊となってしまった竣工したばかりの新居にも戻れず、避難所の片隅で、里美からの電話のおかげで命こそ取り留めたものの、津波で自宅と工場を失った両親と共に、悶々とした日々を過ごしていた。

避難所での暮らしは、智美のこれまでの華やかな暮らしとは全く相容れない劣悪な環境であり、最初の頃の智美は両親や周囲の関係者にストレスをぶつける毎日であったが、今ではもう、すっかりその気力さえも失ってしまっているようだ。

そんな智美の姿を見て、妹の柴田里美は複雑な思いであった。

智美は、意識してかどうかは定かではないが、避難所に来て以来ずっと、里美を避けている様子である。

里美は、震災前までは、いろいろな意味で智美には見下されていると思っていた。

しかし今は、どうやら逆に里美が智美にとって眩しい存在となっているようなのだ。

里美にとってはこれまで嫉妬と羨望の対象でしかなかった姉の人間らしさを垣間見て、安堵した思いがあったが、これまでの経緯もあり、どのように姉と接したら良いのかが分からないでいる。

そういったことから、せっかく同じ場所に居るのに、この姉妹の間には会話がほとんどないままである。

震災から数週間が経過して、少し気持ちにゆとりの出てきた桜木司織は、この姉妹の関係を修復できる方法はないかと考えるようになった。

(つづく)

※亘理町役場の仮設庁舎です。