震災復興&歴史発掘ファンタジー

「ストロベリーランナー ~亘理伊達開拓団からのメッセージ~」

第9回:非常時

明治3年3月。

亘理伊達家家臣団の第1回の蝦夷地移住の日が近付いている。

この移住は、新政府の命令ではなく、亘理伊達家自身が申し出たことであることから、誰も費用を出してはくれず、亘理伊達家自身の負担による自費移住ということになってしまい、領主・伊達邦成は金策に苦慮し、先祖代々の宝物である刀剣や甲冑までをも売りに出して、何とか第1回移住団250名のための旅費を工面しようとしていた。

斎藤幸信は、田村顕允家老の意を受けて、亘理伊達家の宝物の買い手探しに奔走していたが、敗者である亘理伊達家に対する世間の目は冷たく、特に東京と呼び名の変わった江戸や大阪などから来る商人たちの中には、世間知らずの東北武士を騙して安く宝物を買い叩こうとする者も多く居た。

そもそも武士の宝物の適正な値段など分からないのだから、あざとい商人たちは当然、売り手側の足元を見てくるものだ。

今まで経験したことのない商人との交渉に、幸信は日々悩み苦しんでいたのである。

そんなある日、幸信は、主君・邦成の奥方の母君である貞操院保子(ていそういん・やすこ)から呼び出された。

保子は、元の名を佑姫(ゆうひめ)と言い、仙台藩の伊達本家第11代当主・伊達斉義(だて・なりよし)の娘で、最後の仙台藩主・伊達慶邦(だて・よしくに)の妹であり、邦成の養父である先代亘理伊達家当主の伊達邦実(だて・くにざね)のもとに嫁いできたという、正真正銘、本物の「伊達家のお姫様」なのであるが、夫の死後は仏門に入って貞操院保子と名乗っているのだ。

幸信の幼馴染であり、柴田家の次女である柴田美里(しばた・みさと)が侍女として貞操院に仕えているので、その縁から自分が呼び出されたのであろうと幸信は思った。

美里は、両親を相次いで失った幸信のことを常に気に掛けてくれており、実は幸信は秘かに美里のことを想うようになっていて、それも本当は幸信が蝦夷地移住を躊躇した理由の一つであったのだ。

幸信は、貞操院の御前で平伏しているが、貞操院の傍に居る美里の視線が気になって仕方がない。

「表をお上げください。」

幸信は、貞操院の姿を目にするのは初めてであったが、その風格と威厳とに圧倒され、言葉を発することができない。

「斎藤殿、御父上には何かとお世話になりました。早世され、残念でございます。」

貞操院の慈愛溢れる口調に、ようやく幸信は言葉を発することができた。

「有難きお言葉、勿体のうございます。」

幸信は、再び畳に額を擦り付けるように平伏し、頭を左右に震わせている。

その姿を見て、幼馴染の美里は笑いを堪えていたのであるが、もちろん幸信にはそんなことに気付く余裕はない。

幸信が落ち着いてくるのを待って、貞操院はゆっくりと話し始めた。

「ところで、斎藤殿は邦成殿の財物を市井の者たちに売られておるとか。」

幸信は貞操院に叱られるものと覚悟したが、次に意外な言葉を聴くことになる。

「わらわと豊子の衣装や食器なども売ってきてはいただけませぬものかと。」

豊子とは、貞操院の娘であり、邦成公の妻、すなわち亘理伊達家の奥方様である。

貞操院は、邦成が遠慮して言い出せなかったのであろう、妻と義母の財物も換金して、蝦夷地移住費用の足しにしたいと考えて、幸信を呼んだのであった。

屋敷を去る時、幸信は美里に言った。

「貞操院様は、そこまで亘理伊達家のことを・・・。」

「そうでございます。今は非常時なのです。私たちも、できることは全てやらなければならないと思っております。」

美里の言葉に、優柔不断な幸信も襟を正さなければならないと考えるようになった。

伊達家のお姫様が持っていた衣装や食器類、普段なら幸信程度の身分では目にすることすら叶わない、本当の宝物である。

ここまでの宝物となると、買いに来る商人自身ですら、その価値を金銭に換算することが難しく、やはり一部の不心得者は不当に安い値段で買い入れようとしてくる。

幸信は、貞操院様と豊子様の気持ちを想い、必死で値段交渉をし、少しでも高い値段を付けて、移住団の旅費の足しにしようと頑張るのであった。

もちろん、傍らに居て幸信の仕事を褒めてくれる美里の存在も大きかったのは当然である。

しかし、実は亘理では伝統の家柄である柴田家の方が、下級士族でしかなかった斎藤家よりも数段格上であったこともあり、気の弱い幸信は美里に気持ちを打ち明けることができない。

もう徳川幕府も存在せず、今や家格の上下もなく、個人の生活を縛るものは何もなくなっていた筈なのであるが、武士の心持ちというものは、そう簡単に変わるものではなかったのであろう。

(つづく)

時代劇部分登場人物紹介(第9回)

貞操院保子(ていそういん・やすこ)

伊達邦成の妻・豊子の母で、仙台伊達本家の当主・伊達慶邦の妹であり、第13代亘理伊達家当主の邦実に嫁いで来た、「仙台藩最後のお姫さま」である。

柴田美里(しばた・みさと)

亘理伊達家の家臣、柴田家の次女で、邦成公の義母である貞操院保子の身辺を世話する役に就いている。幸信とは幼馴染の関係。

架空の人物である。