震災復興&歴史発掘ファンタジー

「ストロベリーランナー ~亘理伊達開拓団からのメッセージ~」

第8回:3.11 繁明と司織と正章

その時、千草繁明は、坂口雄太の居た荒浜同様、大津波に呑み込まれることになる浜吉田地区にある苺畑で、いつもの通り一人作業をしていた。

繁明も、地震の後に津波が来るであろうということは分かっていたが、それよりも苺の苗の方が心配であった。

まさか、苺の苗どころか、この地域全部が呑み込まれる程の大津波が来るなどとは、さすがの繁明も夢にも思わなかったのである。

おそらく、すぐに逃げ出さなかった人たちの大半と同じように。

そして、そのまま苺畑に居て、津波に呑まれてしまう。

阿武隈川の河口があり、津波と川の水とが激突する荒浜地区に比べると、浜吉田地区は少しだけだが南に位置しており、押し寄せる水の勢いが小さかったことが、繁明にとって不幸中の幸いだった。

繁明が意識を取り戻したのも、暫くたってからの仮設診療所でのことであった。

自分がどうしてここに来ているのかすら、全く何も覚えてはいなかった繁明であるが、彼の手には、グチャグチャになってしまった苺の苗が何本か、しっかりと握られていた。

しかし、その苗たちは、繁明が寝ている間に、廃物として捨てられてしまったのである。

「全てが終わってしまったか・・・。」

苺作りにこれまでの人生の全てを賭けてきた繁明の失望は、ますます深まるのであった。

その時、桜木司織は、亘理町役場の近くにある自宅事務所で、たまたま仕事がなく、トイプードルのリリと一緒に寛いでいた。

小さな犬は特に勘が鋭いのであろう、リリは揺れが始まる少し前から怯えはじめ、阪神大震災の経験がある司織は、かなりの規模の地震が来るのではないかと直感した。

しかし、大きな横揺れを何度も繰り返すこの地震は、直下型だった阪神大震災とは明らかに違っており、経験者である司織でさえ、底知れない不安を感じていた。

犬のリリは、見えない巨大な敵が襲い掛かってくると思ったのであろうか、ワンワンと懸命に吠えたてている。

幸いにも、息子の和(なごみ)の小学校は歩いて数分の距離にあるので、司織は避難所で数日を過ごす覚悟を持って、かねてから準備してあった非常持出用のバッグを手にして外に出たが、阪神大震災で見たのとは違う、異様な光景を目にする。

地面がまだ心なしか揺らいでおり、かつて感じたことのない不思議な空気の匂いが漂い、耳鳴りのような轟音が何処か遠くから聞こえてくるような感じがするのだ。

「これは大変なことになる。」

この町では数少ないであろう巨大地震の経験者である司織は、改めて気を引き締めるのであった。

その時、田村正章は北海道伊達市に居た。

亘理町とは亘理伊達開拓団の縁から姉妹都市となっている伊達市からの依頼で、研究開発中の高設水耕栽培の技術でもって、寒冷地であるこの伊達市でも、亘理と同じように苺栽培ができないかとの相談を受けに来ていたのである。

その相談の際に出会った現地農協の担当者が、かつて小学生交換留学で亘理に来たことがある金成泰春であり、実に16年ぶりの再会を祝って、昨夜から旧交を温めていたところであった。

二人は、地元の研究者や農協職員を交えたミーティングの最中であったが、伊達市は震度3くらいであり、その瞬間は誰もがこんな大事であるとは思っておらず、暫くしてからの臨時ニュースで、この地震のまさかの大きさを知って驚き、テレビの画面に次々と映し出される、亘理を含む東北全域の悲惨な映像を目にすることになる。

「俺たちに何かできることはあるのだろうか?」

泰春の問いに対する的確な答えを、今の正章は、まだ見付けることができない。

「今は東北の人たちの無事を祈るしかないと思う・・・。」

こうして、それぞれにとっての大震災が、誰もの運命を大きく、そして残酷に塗り変えながら通り過ぎて行く。

(つづく)

※被災直後の荒浜地区です。