Beautiful Dreamers

~夢と愛に想いを賭けた人たちの群像劇~ 連載第34回

第3章:トラスト 第10話

心の中で神に祈りを捧げていた司郎に対して、蒲池は暫く考えてから、落ち着いて言う。

「使いはれへんかったんやったら、あの話はなかったことでよろしおす。ただ、あの文書だけは、ワテの方で適切に処分しますよって、返してもらえまっか?」

司郎は相当な金額を要求されるものと覚悟していたが、結局「お車代」として手渡した封筒だけ受け取って蒲池は帰って行った。

「今回はこれでよろしおますけど、もしまた何かあったら必ず呼んでおくんなはれや。大抵のことはできますさかいに。知り合いも紹介しとくなはれ。こんな話は多いでっさかいな。」

司郎はほっとしながら思った。

蒲池は、運転免許証でも印鑑証明書でも大学の卒業証書でも、紙の書類である限り、あまねく何でも作れると豪語していた。

あくまでも、それは役所などが作った「本物」であり、使う人は「知らなかった」という建前になるのではあるが。

「本当にいろいろな世界があるものだなぁ・・・。」

司郎は感心するが、そのような世界に足を踏み入れないで済んだことを、改めて神に感謝する。

いよいよ司郎の手元に現金が入ってきて、佐倉との約束通り、香港のファンドに入金することができ、遂に「シロちゃんの弟」は司郎のものになった。

しかし、司郎のものにはなったが、馬は香港で飼育される約束になっているので、別れの日はすぐに訪れてしまう。

シロちゃんの弟が新千歳空港を旅立つ前日、司郎は神田、鈴岡、佐倉を誘い、牧場に行って別れを惜しんだ。

本当は陽花里を連れてきたかったが、さすがにそれは叶わなかった。

しかし、陽花里の代わりに来てくれた裕也が、映像転送システムとやらを使って、陽花里にはその場から随時画像を送ることで、陽花里も一緒に別れを惜しむことができたのである。

「便利な時代になったものだなぁ。」

司郎の言葉に、神田は頷くが、他の3人は当たり前といった表情である。

「さて、帰りましょうか。」

鈴岡の言葉に、司郎が答える。

「鈴岡女史は新千歳空港から東京に帰るんだろ?私が空港まで送っていくよ。」

「ありがとうございます。」

そして司郎は鈴岡を乗せて、高速道路を空港に向けて車を走らせることにした。

車中、鈴岡が言う。

「会長、いろいろなことが順調に進んで、本当に良かったですね。」

「いや、まだ邦彦さんの問題も残っているし、終わってはいないんだ。」

「そうですね。でも会長はお元気だから。」

という鈴岡の言葉を遮って司郎が言う。

「ちょ、ちょっと待ってくれ、何だか気分が悪い、車を止めるぞ。」

司郎は車を高速道路の路肩に駐車した後、急に意識を失ってしまったのである。

(つづく)