Beautiful Dreamers

~夢と愛に想いを賭けた人たちの群像劇~ 連載第32回

第3章:トラスト 第8話

暫くの沈黙を上手く破ってくれたのは、まだ1歳にもなっていない優駿であった。

小さな黒い馬のぬいぐるみ、それでも可愛らしいゼッケン4番が付けられている、そう小さな小さなオグリインパクトを片手に持って、優駿が司郎の膝に乗ってきたのだ。

司郎は頭を垂れ、とにかく謝り続けた。

暫くしてから駿馬は言う。

「親父、もういいよ。分かったから、頭を上げてくれ。確かに騎手の学校は辛かったけど、この10年ほどは結構自由で楽しかったんだぜ。奈々子とも結婚できたし、優駿も生まれたしね。これも競馬好きの親父のおかげだと、今は思ってるんだよ。」

実は駿馬は、司郎には気付かれないようにしながら、姉の駒子と亡き桜子から、司郎の様子はずっと聞いていて、常に気に掛けてくれていたのである。

「台湾のお姉さんのこと、駒子姉さんから聞いているよ。どんな人かなぁ。早く会ってみたいな。その日は奈々子も優駿も一緒に小樽に行くから。」

司郎は、遂に長男との和解を果たしたのである。

その翌週、司郎は一人で釧路に向かった。

釧路には、かつて駒子の夫であった元獣医の福永邦彦が住んでいる筈であった。

まだ9月であるが、釧路は既に肌寒い気候に入っているようだ。

11年前、不治の病に侵され、急性症状を発症して苦しむホワイティドリームを殺処分にした獣医としての邦彦の判断、それが正しかったということは、司郎にだって最初から分かっていた。

ただ単に、ドバイに行っていて連絡が取れず、自分が最後の指示をできなかった、ホワイティドリームの最期の姿を看取れなかったことが悔しかっただけという、司郎のいわば理不尽で身勝手な想いが、邦彦から妻と子を奪ってしまう結果となったのだ。

司郎からの昼夜を問わない叱責に耐えかねて、失意の邦彦は妻・駒子と長男・天馬に想いを残しながら、離婚届という1枚の紙切れを置いて、一人去って行った。

司郎は、探偵を雇ってまで調べさせた邦彦の住所に辿り着くが、そこは建設現場の簡易宿泊所のようなボロアパートだった。

程なく、邦彦らしい姿が見えたが、あまりにも変わり果てていて、一見すると誰なのか分からないくらいだ。

「邦彦さん。」

声を掛けた司郎を、邦彦は無視して部屋の鍵を開けている。

暫く沈黙の中で目線だけが交わった時、司郎は深々と頭を下げた。

しかし邦彦はまだ何も語らない。

司郎は、1枚の封筒を邦彦に手渡し、それ以上は何も言わずに、その場を離れた。

「神はまだ試練を与え給うのだな・・・。」

司郎は肩を落として小樽に戻って行った。

封筒の中には、司郎が心を込めてしたためた謝罪の手紙、駒子と天馬の写真、そしてホワイティドリームのかつての雄姿、そしてその弟馬の姿を映す写真が入っていた。

(つづく)