Beautiful Dreamers

~夢と愛に想いを賭けた人たちの群像劇~ 連載第30回

第3章:トラスト 第6話

池添は2年前、ダブル不倫が発覚したことでクリスチャンである司郎と大川の逆鱗に触れ、渋井の直訴によって辛うじてクビは免れたものの、取締役から営業課長に降格され、不遇な毎日を送っている。

司郎は、自らも過去に不倫の罪を犯し、その結果、白石光男という一人の男性の生命を奪ってしまっており、しかも光男は目の前にいる白石裕也の父なのだ。

司郎は、聖書の一節に書いてある物語を思い出した。

ヨハネの福音書第8章の冒頭、姦淫の罪で捉えられた女を、群衆が石打ちの刑に処せようとしているところを見たイエスが、「あなたがたのうちで罪のない者がまず石を投げなさい。」と言うと、群衆は誰も居なくなったという。

裕也はこれまで、大恩ある司郎の言うことには、決して逆らうことなく、何でも従ってきたし、池添の処分の時にも渋井には同調せず沈黙を保っていた。

その裕也が意を決して言っているのであるから、司郎はここでも何らかの流れが押し寄せてきていることを感じていた。

「分かった。そのような方向で考えてみることにしよう。大川社長には私から言う。その代わりと言っては何だが、私からもお願いがある。」

裕也は意を決して言った言葉が司郎に通じたことに感激している。

「誰にもまだ言っていないのだが、私はいずれ駒子に経営を任せたいと思っている。駒子ともっとコミュニケーションを取るようにしてくれ。駒子は君たちの話す言葉が専門的過ぎて半分も分からないと言っているよ。渋井君にもそう申し伝えて欲しい。」

「分かりました。会長、ありがとうございます。」

裕也は元気に司郎の自宅を去って行った。

司郎は翌日、門別競馬場に向かった。

その日は競馬のレースは開催されておらず、司郎が居るのは、ある馬の厩舎の前である。

「なぁ、ダンサーちゃんよ。」

司郎はサラブレッドであるルミエールダンサーに話しかけているのだ。

既に15歳のルミエールダンサーは、ホワイティドリームやオグリインパクトと一緒にデビューした競走馬であるが、競争成績は比べるべくもなく、今でも時々レースに出走してはブービーになっているという、競走馬の世界では、まさに落ちこぼれの駄馬である。

司郎は、時々ここに来て、言葉の通じないダンサーを相手に昔話をするのが一つの道楽なのだ。

もちろんダンサーは何も語らないが、その表情が司郎にとっての大きな癒しになっている。

司郎はCDを取り出し、亀山清秋のバンド「白夢」の音楽をかけた。

「これはな、俺が最近ファンになったバンドの曲なんだけど、白夢だって、どっかで聞いたことのある名前だよな。いいんだか、うるさいだけなんだか、俺にはさっぱり分からないんだけど。」

ダンサーは微笑んだような表情をしている。

「お前、ホワイティドリームの弟に会いたいかい?」

ダンサーは頷いているように見える。

「そうかい、じゃあ、どうにかするよ。俺の最後の夢になるかもしれないからな。」

ダンサーが勇ましく嘶く。

「おぅ、お前はまだ元気が余ってるんだなぁ。お互い、もう少しだけ頑張ろうぜ。年寄りは無理に勝たなくても、ブービーで十分なんだからな。」

(つづく)