Beautiful Dreamers

~夢と愛に想いを賭けた人たちの群像劇~ 連載第28回

第3章:トラスト 第4話

男性は、見かけとは全く違う謙虚な態度で司郎に話し始めた。

「恵庭司郎会長さんでございましたですね。いつも両親がお世話になっており、ありがとうございます。宏美がいつも元気で私(わたくし)と一緒に居られますのも、会長さんのおかげだと常に感謝させていただいております。」

男性が差し出した名刺には「ネオビジュアル系バンド“白夢” バンドマスター兼ヴォーカリスト 亀山清秋(通称・カメキヨ)」とある。

司郎は、この手の人物との縁は今まで皆無だった上に、清秋の言葉遣いが外見と全く一致しないことに、とても戸惑っている。

次に女性の方もこちらに寄ってくる。

「エニワのおじちゃん、ワタチ、ピロリンだよ、分かる?」

どうやら大川の長女、宏美らしいが、確かもう30歳を過ぎている筈である。

「このお洋服、ゴスロリっていうの。カワイイでちょ?」

司郎はさらに対応が分からない。

「ピロリンね、旦那様と一緒に教会にお参りに来たの。旦那様の新曲がイーパイ売れますようにって。神ちゃまのお仏壇に柏餅お供えして、ピロリンのお財布からお賽銭もあげちゃうの。いいお嫁ちゃんでちょ?」

「私(わたくし)も、宏美のご両親に喜んでいただけますよう、日々奮闘努力いたしまして曲作りやビジュアル構築に努めて参っているのでございますが、何分にも私共(わたくしども)が制作いたします楽曲は先進的に過ぎると申しましょうか、なかなか時代の方が私共に追い付いてこれないという印象がございまして、現時点におきましては皆様のご期待に沿うことが叶わず、大変申し訳なく、遺憾に存じているところでございます。」

清秋の言葉に、司郎はなかなかついて行けないが、そこに大川良一が来た。

「今日は美鈴牧師のデビューですから、彼らも呼んだのですが、ご迷惑でしたね。」

司郎は落ち着いた口調で言う。

「いや、素晴らしいことだと思いますよ。これも神の思し召しなのです。」

何だか急に信仰が深くなったような司郎の言葉に戸惑いながら、大川は小さな声で言う。

「うちのかみさんですが、本当に熟年離婚を狙ってるみたいなんですよ。でも美鈴牧師の説教を聞けば何かが変わるんじゃないかと思って、娘夫婦も誘って祈りに来たんです。」

司郎は確かに何かが変わってゆく気配を感じている。

「清秋君、一つお聞きしたいんですが、どうして君のバンドは“白夢”というのでございますのでございましょうか?」

司郎は言葉遣いに戸惑いながら、清秋に尋ねてみた。

「素晴らしいご質問、ありがとうございます。白夢は白昼夢、真っ白なキャンパスに描く、限りなく大きな夢という意味もございますが、宏美が持っておりました白いサラブレッドの写真からのイメージも加えてございます。」

「そうですか。私もその名前には思い入れがあります。今日から“白夢”を応援することにしますよ。」

「おジーちゃんのファン、1名ゲットでちゅう。」

宏美の屈託のない笑顔に、司郎はつられて思わず笑顔を見せる。

(つづく)

登場人物紹介(第27回~第28回)

・大川茂子(おおかわ・しげこ 60歳)

大川良一の妻で専業主婦。

長く無職で不安定な生活をしていた良一を、同じ教会の信者という理由だけでW社の経営者に抜擢してくれた恵庭司郎に感謝はしているが、良一が司郎の言いなりになって生きてきていることには不満を持っている。

良一の収入を原資として上場株式やFXで運用したため、相当な財産を貯め込んでおり、良一の退職後には熟年離婚を考えているらしい。

 

・亀山宏美(かめやま・ひろみ 30歳)

大川良一の長女で、アニメ制作者を目指して札幌市で勉強中らしいが、実体は不明。

結婚はしているが、子を作る気持ちもなく、常に我が道を行くタイプであるようだ。

 

・亀山清秋(かめやま・きよあき 32歳)

宏美の夫で、学生時代からの友人と2人でビジュアル系ユニット「白夢(しろゆめ)」を結成して活動しているが、音楽性が極めて特殊なためか、ごく一部の熱狂的なファンの間でしか受け入れられておらず、実質的には無職の状態。

両親が日高地区で大きな牧場を経営しており、生活自体には困っていないらしい。